07 自治体経営

【財政課】地方公会計 完全マニュアル

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はじめに

※本記事はAIが生成したものを加工して掲載しています。
※生成AIの進化にあわせて作り直すため、ファクトチェックは今後行う予定です。

地方公会計の基礎と本質的理解

なぜ今、地方公会計改革なのか

 地方公会計は、単なる会計処理の技術的な変更ではありません。それは、我々地方自治体職員の思考様式そのものを変革し、より質の高い行政経営を実現するための根幹的な改革です。本項では、その意義、歴史的背景、そして改革の核心である「統一的な基準」導入の経緯を解き明かし、日々の業務の先に広がる大きな目的を共有します。

業務の意義:住民への説明責任と行政経営の高度化

 地方公会計改革が目指すものは、大きく二つの目的に集約されます。それは「住民や議会への説明責任の履行」と「財政の効率化・適正化」です。

 第一に、住民への説明責任です。我々の行政活動の原資は、住民から託された貴重な税金です。従来の現金主義会計では、その年度の現金の出入りは把握できても、我々が管理する道路や学校、公園といった資産(ストック)が今いくらの価値を持ち、将来の更新にどれだけのコストが見込まれるのか、あるいは、将来支払うべき退職金(退職給付引当金)や資産の老朽化(減価償却費)といった「見えにくいコスト」がどれだけ発生しているのかを明確に示すことが困難でした。地方公会計は、これらの情報を「見える化」することで、財政運営の透明性を飛躍的に高め、住民からの信頼を確保するための不可欠な基盤となります。

 第二に、行政経営の高度化です。地方公会計によって得られる財務情報は、単に公表して終わりではありません。むしろ、それをいかに活用するかが改革の真髄です。資産・債務の状況を正確に把握することで、公共施設の統廃合や長寿命化といった戦略的な資産管理(公共施設マネジメント)が可能になります。また、事業ごとのフルコストを把握することで、予算編成の精度を高め、政策評価を客観的なデータに基づいて行うことができます。このように、地方公会計は、我々の意思決定を支える強力な「マネジメントツール」としての役割を担うのです。

歴史的変遷:現金主義会計から発生主義会計へ

 地方自治体の会計は、長らく「現金主義・単式簿記」を原則としてきました。これは、議会で議決された予算が、その年度内に現金でいくら収入され、いくら支出されたかを正確に記録・管理することを主眼としており、予算の適正・確実な執行を確保し、議会による民主的統制を機能させる上で非常に優れた仕組みです。

 しかし、前述の通り、この仕組みにはストック情報や見えにくいコストが把握しづらいという限界もありました。そこで、企業会計の考え方を取り入れた「発生主義・複式簿記」の導入が進められました。

 「発生主義」とは、現金の収支に関わらず、資産や負債が増減する経済的な出来事(取引)が発生した時点で会計処理を行う考え方です。例えば、物品を購入した場合、代金を支払った時点(現金主義)ではなく、物品を受け取り、支払義務が発生した時点で費用と負債を認識します。これにより、減価償却費や退職給付引当金といった、現金の動きを伴わないコストも正確に把握できるようになります。

 「複式簿記」とは、一つの取引を「原因」と「結果」の二つの側面から記録する方法です。例えば、「税金が現金で納付された」という取引は、「現金という資産が増加した(結果)」と同時に「税収という収益が発生した(原因)」という二面で捉えます。これにより、財産(資産・負債)の増減と収益・費用の発生を同時に記録でき、情報の正確性・網羅性が担保されます。

 ここで極めて重要なのは、発生主義・複式簿記は、従来の現金主義・単式簿記を「補完」するものであり、完全に取って代わるものではないという点です。予算の執行管理という財政民主主義の根幹を支える現金主義の重要性は不変であり、我々は両者の長所を理解し、複眼的な視点で財政を捉えることが求められます。

改革の契機と国の動向:「統一的な基準」の導入

 地方公会計改革が本格化した背景には、夕張市の財政破綻に象徴されるような、地方自治体の厳しい財政状況がありました。将来にわたって持続可能な行政サービスを提供するためには、自らの財政状態を正確に把握し、健全化に向けた舵取りを行うことが喫緊の課題となったのです。

 改革の初期段階では、総務省が提示した「基準モデル」や「総務省方式改訂モデル」、あるいは東京都が独自に開発した「東京都方式」など、複数の会計方式が併存していました。これにより各団体で財務書類は作成されたものの、作成基準が異なるため、団体間で財政状況を比較することが困難であるという大きな課題が生じていました。

 この課題を解決するため、総務省は平成27年1月、「統一的な基準による地方公会計マニュアル」を公表し、全ての地方公共団体に対し、原則として平成29年度末までに固定資産台帳の整備と、この統一的な基準に基づく財務書類を作成・公表するよう要請しました。この「統一的な基準」の導入により、初めて全国の自治体を同じ物差しで比較分析することが可能となり、我が国の地方財政全体の「可視化」が大きく前進しました。

 このマニュアルは、社会経済情勢の変化や実務上の課題を踏まえ、定期的に改訂が重ねられています。直近では令和7年3月にも改訂が予定されており、地方公会計が常に進化を続けるダイナミックな分野であることを示しています。この改革は、単なる会計手法の変更に留まらず、我々行政職員の意識を「予算を使い切ること」から「資産を有効活用し、最小のコストで最大のサービスを生み出すこと」へと転換させる、行政経営の思考様式の変革そのものなのです。

地方公会計を支える法的根拠

 我々の日々の会計業務は、感覚や慣例ではなく、明確な法的根拠に基づいて行われなければなりません。地方公会計を理解する上で、その根幹をなす地方自治法や関連法令の規定を把握しておくことは、業務の正確性と信頼性を担保する上で不可欠です。

地方自治法における会計の原則

 地方自治体の財務に関する基本ルールは、地方自治法に定められています。

 まず、会計年度は「毎年4月1日に始まり、翌年3月31日に終わる」と規定されています。しかし、年度末に完了した事業の支払いが翌年度にずれ込むなど、年度内に現金の出入りが完結しないケースに対応するため、「出納整理期間」が設けられています。これにより、翌年度の5月31日までは前年度の収入や支出を行うことができ、この期間の出納は前年度の決算に含まれることになります。この出納整理期間の存在が、決算を確定させ、財務書類を作成するまでの年間スケジュールを規定する重要な要素となります。

 そして、会計管理者は出納閉鎖後に決算を調製し、首長に提出します。首長は、これを監査委員の審査に付した上で、議会の認定を得なければなりません。この一連の手続きは、地方自治法第233条などに定められており、現金主義会計に基づく決算を確定させるための厳格なプロセスです。

地方公営企業法との関係

 特別区の行政サービスは、一般会計だけでなく、水道や下水道(東京都が所管)、国民健康保険事業などの公営企業会計によっても提供されています。これらの地方公営企業の会計は、地方公営企業法に基づき、独立採算を原則とし、経営成績と財政状態を明確にするため、我々が目指す発生主義会計が早くから導入されています。

 地方公会計では、一般会計等の財務書類だけでなく、これらの公営事業会計の財務諸表を合算した「全体財務書類」を作成します。これにより、公営企業も含めた自治体全体の財政状況を一体的に把握することが可能となり、より包括的な行政経営の視点を得ることができるのです。

(表)主要な根拠法令とその実務上の意義

 日々の業務で参照する法令が、地方公会計という大きな枠組みの中でどのように関連しているかを理解することは、法的な裏付けを意識した質の高い業務遂行に繋がります。以下の表は、主要な法令と、それが実務において持つ意義を整理したものです。

根拠法令主要条文(概要)実務上の意義
地方自治法第233条(決算)歳入歳出決算書の作成、首長への提出、議会認定の一連のプロセスを義務付けており、現金主義決算の根幹をなす規定です。
地方自治法第235条の5等(出納閉鎖)5月31日を出納閉鎖期限と定め、決算確定までのスケジュールを法的に規定しています。この期限があるからこそ、正確な決算作業が可能となります。
地方公営企業法第17条等(特別会計、経理)公営企業における発生主義会計の原則を定めています。全体財務書類や連結財務書類を作成する際の基礎となる重要な規定です。
地方財政法地方債の発行ルールや財政健全化に関する指標を定めています。財務書類の「負債の部」の計上額や、財務分析を行う上で密接に関連します。
(各区の条例)財産管理条例等公有財産の取得、管理、処分に関する具体的なルールを定めています。固定資産台帳の整備や更新といった日常業務の直接的な根拠となります。

「統一的な基準」による財務書類の詳解

財務書類4表の体系的理解

 地方公会計の最終的な成果物である「財務書類4表」は、自治体の財政状況を多角的に映し出す鏡です。これらを正しく作成し、そして深く読み解く能力は、財政課職員にとって必須の専門スキルと言えます。本項では、4つの財務書類それぞれの役割と関係性、そしてその構成要素を体系的に解説します。

財務書類4表の全体像

 「統一的な基準」に基づく財務書類は、貸借対照表(B/S)、行政コスト計算書(P/L)、純資産変動計算書(N/W)、資金収支計算書(C/F)の4つの表で構成されます。これらは個別に存在するのではなく、複式簿記の仕組みによって相互に密接に連携しており、一体として自治体の財政状況を立体的に描き出します。

 また、これらの財務書類は、対象とする会計範囲によって3種類に分類されます。

  • 一般会計等財務書類: 一般会計と、公営事業会計を除く特別会計を対象とした、最も基本的な財務書類です。
  • 全体財務書類: 一般会計等に、水道事業や国民健康保険事業といった地方公営事業会計を加えたものです。これにより、自治体全体の行政サービス提供に係る財政状況を包括的に把握できます。
  • 連結財務書類: 全体財務書類に加えて、第三セクターや土地開発公社など、自治体が設立し、密接な関係を持つ関連団体まで連結したものです。これにより、隠れた債務なども含めた、最も広い範囲での財政リスクを把握することが可能になります。
貸借対照表(B/S):財政状態を「ストック」で把握する

 貸借対照表(Balance Sheet)は、会計年度末(3月31日)時点における、区の財政状態を一覧で示す、いわば財政の「健康診断書」です。左側の「資産の部」には、区が保有する財産が、右側の「負債の部」「純資産の部」には、その資産をどのような財源で賄ってきたかが記載され、左右の合計額は必ず一致します。

  • 資産の部:将来の行政サービス提供能力や、将来現金化が可能な財産を示します。道路、学校、庁舎といった「固定資産」や、現金預金、年度間の財源調整に使われる基金などの「流動資産」から構成されます。
  • 負債の部:地方債や、将来支払うべき退職金(退職給付引当金)など、将来世代が返済の負担を負うものです。いわば「未来への負担」の総額を示しています。
  • 純資産の部:資産の総額から負債の総額を差し引いた差額であり、正味の財産を示します。これまでの税収や国・都からの補助金など、過去から現在までの世代が負担してきた財源の蓄積と言うことができます。
行政コスト計算書(P/L):行政サービスの実質コストを「フロー」で把握する

 行政コスト計算書(Profit and Loss Statementに相当)は、一会計期間(4月1日から3月31日まで)の行政活動をコストの側面から明らかにする「活動報告書」です。資産形成に直接結びつかない、日々の行政サービスの提供にどれだけの費用がかかったかを示します。

  • 経常費用:人件費や物件費といった現金支出を伴う費用に加え、現金支出を伴わない減価償却費(建物の老朽化による価値の減少分)なども含めた、いわゆる「フルコスト」が計上されます。補助金や社会保障給付といった移転費用もここに分類されます。
  • 経常収益:体育館の使用料や住民票の発行手数料など、行政サービスの提供に対する直接の対価として得られた収益です。
  • 純経常行政コスト:経常費用から経常収益を差し引いた差額です。これは、使用料などでは賄いきれず、最終的に税収などで負担すべき行政コストの額を示しています。
純資産変動計算書(N/W):純資産の変動要因を分析する

 純資産変動計算書(Net Worth Statement)は、貸借対照表の「純資産」が、この一年間でどのように、そしてなぜ変動したのか、その要因を詳細に分析するための財務書類です。

 この計算書では、まず期首の純資産残高が示され、そこに一年間の変動要因が加減算されます。主な変動要因は、特別区税や特別区財政調整交付金、国・都からの補助金といった「財源」(純資産の増加要因)と、行政コスト計算書で算出された「純行政コスト」(純資産の減少要因)です。これらの差額が、その年度の実質的な純資産の増減額となり、期末の純資産残高へと繋がっていきます。

資金収支計算書(C/F):資金の流れを活動別に把握する

 資金収支計算書(Cash Flow Statement)は、一会計期間における現金の出入り(キャッシュ・フロー)を、活動の性質に応じて3つの区分に分けて表示するものです。現金主義の決算書と似ていますが、どのような活動で資金が生まれ、どのような活動に資金が使われたのかが一目でわかる点が大きな特徴です。

  • 業務活動収支:税収や手数料収入、人件費や物件費の支払いなど、日々の行政サービス提供に伴う資金の増減を示します。
  • 投資活動収支:公共施設の整備(支出)や、財政調整基金の積立(支出)・取崩し(収入)など、将来に向けた投資活動に伴う資金の増減を示します。
  • 財務活動収支:地方債の発行(収入)や償還(支出)など、資金調達・返済活動に伴う資金の増減を示します。

 これら4つの表を総合的に読み解くことで、我々は自区の財政状況を静的(ストック)にも動的(フロー)にも、また発生主義と現金主義の両面から深く理解することができるのです。

財務書類作成の根幹:固定資産台帳

 財務書類、特に貸借対照表の正確性を担保する上で、その根幹をなすのが「固定資産台帳」です。地方自治体が保有する資産の大部分を占める固定資産を網羅的かつ正確に管理することは、地方公会計の成否を分けると言っても過言ではありません。

固定資産台帳の重要性と整備のポイント

 企業会計において固定資産台帳は、仕訳帳や総勘定元帳を補完する「補助簿」と位置づけられています。しかし、地方公会計においては、その役割は遥かに大きいと言えます。財務書類を作成するための基礎情報であると同時に、公共施設マネジメントという行政経営の重要課題に取り組む上では、まさに「主要簿」としての役割を担うからです。

 実際、都道府県や市区町村が保有する総資産のうち、実に96~97%が固定資産で占められています。これは、固定資産台帳の情報の質が、財務書類全体の信頼性を直接的に左右することを意味します。この重要な台帳を適切に整備・更新するためには、以下のポイントが実務上、極めて重要となります。

  • 全庁的な協力体制の構築:固定資産の情報は、財政課だけでなく、施設を所管する各事業課や契約担当課、財産管理担当課など、庁内の様々な部署に分散しています。正確な台帳を維持するためには、財政課が中心となりつつも、全庁的な協力体制を構築することが不可欠です。
  • 「日々仕訳」によるリアルタイム更新:固定資産の取得や除却・売却といった変動があった際に、期末にまとめて処理する「期末一括仕訳」ではなく、取引の都度、仕訳を行い台帳に反映させる「日々仕訳」が推奨されます。これにより、期末の作業負荷を平準化できるだけでなく、常に最新の資産情報を把握でき、台帳の精度が格段に向上します。
  • 過去資産の適切な評価:台帳整備の初期段階で大きな課題となるのが、取得価額が不明な古い資産の評価です。これらについては、「統一的な基準による地方公会計マニュアル」に基づき、再調達価額(同様の資産を今再建した場合の価格)を用いるなど、合理的な方法で評価額を算定する必要があります。
インフラ資産の会計処理と実務上の留意点

 固定資産の中でも、道路、橋梁、河川、上下水道といったインフラ資産は、その性質が特殊であり、会計処理上、特に注意が必要です。これらの資産は、代替的な利用が難しく、処分にも制約がある一方で、住民の生活に不可欠な基盤です。

 これらのインフラ資産を一つひとつ網羅的に台帳に登載し、耐用年数に応じて適切に減価償却を行っていくことは、将来必要となる更新コストを平準化して把握し、計画的な維持管理・更新計画(長寿命化計画など)を策定する上で、決定的に重要な意味を持ちます。インフラの老朽化は、将来世代に大きな負担を強いる「隠れた債務」とも言えます。固定資産台帳の整備は、この巨大な課題に正面から向き合い、戦略的に対処していくための最も強力な武器なのです。

公共施設マネジメントへの連携と活用

 固定資産台帳の情報は、作成して終わりではなく、積極的に活用してこそ価値が生まれます。特に公共施設マネジメントの分野では、その活用が強く期待されています。

  • 更新費用の推計と優先順位付け:台帳に記録された各施設の取得価額と耐用年数から、将来の更新費用を推計することができます。また、「有形固定資産減価償却率」などの指標を算出することで、施設の老朽化度を客観的に把握し、どの施設から優先的に対策を講じるべきかの判断材料とすることが可能です。
  • 施設別コスト分析:固定資産台帳の減価償却費データと、予算執行データを組み合わせることで、施設ごとの運営コストを算出できます。これにより、施設の統廃合や受益者負担の適正化などを検討する際の客観的な根拠を得ることができます。
  • 未利用資産の有効活用:台帳を整備することで、これまで十分に把握されていなかった未利用の土地・建物などを一覧的に把握できます。これをリスト化して公表することで、民間への売却や貸付を促進し、新たな財源確保や地域の活性化に繋げることが期待されます。
  • 先進事例:千葉県習志野市では、全ての施設に個別の番号を付与する「施設マイナンバー」制度を導入し、固定資産台帳と各種計画を連携させ、効率的な資産管理を実現しています。また、京都府精華町では、将来の更新費用に備えるため、計画的に財源を積み立てる基金を創設するなど、公会計情報を具体的な財政戦略に結びつけています。

財政課における地方公会計の標準業務フロー

年間業務スケジュールの全体像

 財政課における地方公会計関連業務は、年度を通じて計画的に進められます。日々の予算執行管理から、次年度の予算編成、そして年度末の決算と財務書類作成まで、一連の業務は密接に連携しています。この標準的な業務フローを理解することは、円滑な業務遂行と、質の高い財務情報作成の第一歩です。

予算編成から決算までの流れと公会計業務

 地方自治体の会計年度は4月1日に始まり、3月31日に終わります。この1年間のサイクルの中で、公会計業務は以下のように展開されます。

  • 4月~8月:予算執行・期中管理
    • 新年度予算の執行が開始されます。この期間、財政課は各課の予算執行状況を管理します。
  • 9月~1月:次年度予算編成
    • 各課から次年度の予算要求が提出され、財政課による査定、首長査定を経て、次年度の予算案が固められます。この際、前年度の財務書類から得られた事業別コスト情報や資産の状況などが、査定の重要な判断材料となります。
  • 2月~3月:予算議決・年度末処理
    • 予算案が議会に提出され、審議・議決されます。並行して、現年度の決算見込みの把握や年度末の整理作業が行われます。
  • 翌年度4月~5月:出納整理期間
    • 前年度会計の現金の未収・未払いを整理する期間です。5月31日の出納閉鎖をもって、現金主義ベースの歳入・歳出額が確定します。
  • 翌年度6月~:決算調製・財務書類作成
    • 確定した決算数値を基に、決算書の作成と、それに続く発生主義・複式簿記による財務書類の作成作業が本格化します。
期中業務:日々仕訳・月次処理のポイント

 期中の会計処理において、固定資産台帳の精度向上と期末業務の負担軽減に大きく貢献するのが「日々仕訳」の導入です。これは、固定資産の取得や売却、あるいはリース契約など、資産・負債に変動があった際に、その都度複式簿記の仕訳を行う方式です。期末に一年分をまとめて処理する「期末一括仕訳」に比べ、処理漏れや誤りが少なくなり、常に最新の財政状況を把握できるというメリットがあります。

 また、日々の業務効率化のために、ICTの活用も重要です。最新の財務会計システムでは、毎月発生する賃借料や委託料などの定型的な支払いについて、支出伝票を自動で起票する機能が備わっています。さらに、事業者から受け取る請求書を電子データでやり取りする「電子請求書サービス」と連携することで、請求内容をシステムに自動で取り込み、転記作業やペーパーレス化を大幅に推進することも可能です。

期末決算整理:減価償却、引当金計上等の実務

 会計年度末(3月31日)には、一年間の取引を発生主義の観点から締めくくるための「決算整理仕訳」を行います。これは、現金主義の決算数値だけでは見えない情報を補い、正確な財務書類を作成するための重要なプロセスです。

  • ケーススタディ(決算整理仕訳の例):
    • 減価償却費の計上:固定資産台帳に登録された建物や車両などの資産について、一年間の使用による価値の減少分を計算し、「減価償却費」として費用計上します。これにより、資産の現在の価値(帳簿価額)が実態に近づくとともに、資産の維持・更新を含めたフルコストが明らかになります。
    • 引当金の計上:将来の特定の支出や損失に備えて、当期の負担とすべき金額をあらかじめ費用として計上します。具体的には、期末時点の全職員が自己都合で退職した場合に支払うべき退職金を計算し「退職給付引当金」として計上したり、年度末賞与の次年度支払い分を「賞与引当金」として計上したりします。
    • 見越し・繰延べ処理:年度をまたいで提供されるサービス等の費用や収益を、正しく期間配分する処理です。例えば、3月に翌年2月までの1年分の火災保険料を前払いした場合、当期に属するのは1か月分のみであり、残りの11か月分は「前払費用」として資産に計上し、次年度の費用とします。

 これらの決算整理仕訳は、地方公会計の業務フローにおける核心部分です。それは、地方自治法に基づく現金主義の世界と、企業会計的な経営管理を目指す発生主義の世界を、年度末の決算というプロセスを介して論理的に接続し、いわば一方の言語からもう一方の言語へと「翻訳」する作業に他なりません。この翻訳能力こそが、公会計担当者に求められる専門性の中核をなすのです。

決算から財務書類作成・公表までのステップ詳解

 会計年度が終了し、出納整理期間を経て決算が確定した後、財務書類を作成し、最終的に住民へ公表するまでには、いくつかの重要なステップがあります。各ステップでの作業内容と留意点を正確に理解し、計画的に業務を進めることが求められます。

ステップ1:出納整理期間(4月1日~5月31日)の留意点

 地方自治法に基づき、会計年度終了後の翌4月1日から5月31日までは「出納整理期間」と定められています。この期間は、前年度に属する収入(例:滞納されていた税金の納付)の受け入れや、支出(例:3月中に完了した工事代金の4月以降の支払い)を行うためのものです。この期間中の出納はすべて前年度の決算に含めて処理され、5月31日の出納閉鎖をもって、歳入歳出決算の現金収支額が法的に確定します。この現金主義決算の数値が、後続の財務書類作成作業の出発点となるため、この期間における正確な収支の整理は極めて重要です。

ステップ2:決算の調製と監査委員審査(6月~8月頃)

 出納閉鎖後、会計管理者は速やかに歳入歳出決算書及び附属書類(事項別明細書、財産に関する調書など)を調製し、首長に提出します。提出を受けた首長は、これを決算審査のため監査委員に送付します。監査委員は、決算が法令に基づき適正に行われているか、予算の執行は効率的であったかといった観点から審査を行い、その結果を意見書としてまとめ、首長に提出します。この監査委員による第三者的なチェック機能が、地方自治体の財政運営の信頼性を担保しています。

ステップ3:財務書類(一般会計等・全体・連結)の作成(9月~)

 監査委員の審査と並行して、財政課では財務書類の作成作業が本格化します。

 まず、確定した歳入歳出決算の科目別数値を基に、複式簿記の仕訳(資金仕訳)に変換します。次に、期末決算整理で解説した減価償却や引当金計上などの仕訳(整理仕訳)を追加します。これらの全仕訳を集計した「精算表」を作成し、その数値を基に「貸借対照表」「行政コスト計算書」などの財務書類4表を作成していきます。

 この「一般会計等財務書類」が完成した後、次のステップとして、地方公営事業会計の財務諸表を入手し、一般会計等との間の内部取引(繰出金など)を相殺消去した上で合算し、「全体財務書類」を作成します。さらに、第三セクターなどの関連団体の財務諸表も同様に連結処理を行い、「連結財務書類」を作成します。これらの連結作業は、「統一的な基準による地方公会計マニュアル」の「連結財務書類作成の手引き」に沿って、慎重に進める必要があります。

ステップ4:議会認定と住民への公表(9月議会以降)

 首長は、監査委員の意見書を添えて決算を議会(通常は9月の定例会)に提出し、その認定を求めます。議会での審議を経て決算が認定されることで、前年度の会計が正式に完結します。

 議会認定後、区は決算情報と併せて作成した財務書類を、区の公式ウェブサイトや広報紙などを通じて住民に公表します。これにより、住民への説明責任を果たすとともに、開かれた区政を推進します。公表にあたっては、単に書類を掲載するだけでなく、グラフや図を多用した概要版を作成するなど、専門知識のない住民にも分かりやすく伝える工夫が求められます。

財務情報の分析と行政経営への活用(応用編)

財務指標による財政状況の多角的分析

 作成された財務書類は、いわば自治体の財政に関する膨大なデータ群です。このデータから意味のある情報を引き出し、行政経営に活かすためには、「財務分析」というプロセスが不可欠です。様々な指標を用いて分析することで、自区の財政状況を客観的に、そして多角的に評価することができます。

分析の視点

 財務分析を行う際には、主に以下の3つの視点を持つことが重要です。これにより、バランスの取れた財政評価が可能となります。

  • 健全性・持続可能性:財政基盤は安定しているか。将来にわたって行政サービスを継続的に提供できる体力があるか。
  • 効率性:投入したコスト(税金)に対して、効果的な行政サービスが提供されているか。無駄な支出はないか。
  • 世代間公平性:現在の行政サービスや施設整備の負担を、将来世代に過度に先送りしていないか。現世代と将来世代の負担は公平か。
代表的な財務分析指標

 上記の分析視点に基づき、代表的な財務指標をいくつか紹介します。これらの指標を計算し、経年変化や他団体との比較を行うことで、自区の財政の強みや課題が浮き彫りになります。

  • 純資産比率:純資産合計 ÷ 資産合計 で計算されます。総資産のうち、地方債などの負債(返済が必要な財源)に依存せず、税収の蓄積など自己資本(返済不要な財源)で賄われている割合を示します。この比率が高いほど、財政構造が安定しており、健全性が高いと評価できます。
  • 将来世代負担比率:(地方債残高 - 基金残高) ÷ (有形・無形固定資産 + 投資等) で計算されることが一般的ですが、簡便的には 地方債残高 ÷ 公共資産合計 で傾向を把握します。道路や学校といった社会資本(公共資産)を整備するために発行した地方債のうち、まだ返済が終わっていない残高の割合を示します。この比率が高いほど、現在の世代が利用している資産の形成費用を、将来世代が税金で返済していく割合が高いことを意味し、世代間の公平性に課題がある可能性を示唆します。
  • 受益者負担の状況:行政コスト計算書における 経常収益 ÷ 経常費用 で、行政サービスにかかるコスト全体のうち、どの程度がサービス利用者からの手数料や使用料で賄われているか(受益者負担率)を分析します。これにより、受益者負担の適正化を検討する際の基礎資料となります。
  • 有形固定資産減価償却率:減価償却累計額 ÷ 取得価額 で計算されます。保有する建物や工作物などが、法定耐用年数に対してどの程度、帳簿上の価値を減らしているか、つまり老朽化が進んでいるかを示す指標です。この比率が高い場合、将来的に大規模な更新・改修需要が集中する可能性があることを示唆しており、公共施設マネジメントにおいて極めて重要な指標となります。
(表)主要な財務分析指標の計算式と解釈

 財務分析を実践する際の参考として、主要な指標を以下の表にまとめます。この表は、自ら分析を行う際の「リファレンスシート」として活用できます。重要なのは計算式だけでなく、その指標が「何を意味するのか」を正しく解釈することです。

分析の視点指標名計算式指標が示すもの(解釈)と目安
健全性純資産比率純資産合計 / 資産合計資産全体が返済不要の財源でどの程度賄われているかを示します。比率が高いほど財政基盤が安定的であると言えます。
世代間公平性将来世代負担比率地方債残高 / 公共資産合計公共資産整備の負担を将来世代に先送りしている度合いを示します。「今の施設のツケを、どれだけ子供たちに回しているか」を測る指標です。低いほど公平性が高いと言えます。
効率性住民一人当たり行政コスト純行政コスト / 人口住民一人に税金から投入されている行政サービスのコストです。類似団体との比較により、行政運営の効率性を測る一助となります。
資産老朽化有形固定資産減価償却率減価償却累計額 / 取得価額保有する資産全体の老朽化度合いを示します。この比率が高いほど、近い将来に大規模な更新投資が必要になる可能性を示唆します。

政策評価・予算編成への戦略的活用

 財務分析によって得られた知見は、具体的な行政経営のアクションに繋げてこそ、その価値を最大限に発揮します。特に、政策評価や予算編成といった自治体経営の中核プロセスにおいて、地方公会計情報は客観的な「証拠」として戦略的に活用されるべきです。

セグメント分析による事業・施設別コストの可視化

 区全体の財務書類を見るだけでは、個別の事業や施設の経営状況は分かりません。そこで有効なのが「セグメント分析」です。これは、区全体の財務情報を、特定の事業(例:ごみ収集事業、保育事業)や施設(例:A図書館、B体育館)といった分析したい単位(セグメント)ごとに分解・集計する手法です。

 セグメント分析を行うことで、例えば「A図書館の運営には、人件費、光熱水費、図書購入費に加え、建物の減価償却費を含めると、年間でこれだけのフルコストがかかっている」「貸出冊数一冊あたりのコストは〇〇円である」といった、より具体的で詳細なコスト情報を把握できます。

 先進事例として、熊本県宇城市では、各図書館の施設別財務書類を作成・分析し、利用者数や貸出冊数あたりのコストなどを比較検討した上で、一部図書館の統廃合という難しい意思決定の判断材料としました。このように、セグメント分析は、個別の事業や施設の費用対効果を客観的に評価し、改善策を検討するための強力なツールとなります。

行政評価への財務情報の組み込み

 多くの自治体では、施策や事務事業の進捗や成果を評価し、改善に繋げるための行政評価制度を導入しています。これは、Plan(計画)-Do(実行)-Check(評価)-Action(改善)の「PDCAサイクル」を回すための重要な仕組みです。

 この「Check(評価)」の段階において、事業の有効性(目標達成度など)や住民満足度といった成果(アウトカム)だけでなく、その事業にどれだけのコストが投入されたかという財務情報を組み合わせて評価することが不可欠です。同じ成果を上げている事業でも、より少ないコストで実現している方が、より効率的で優れた事業と言えます。

 正確なコストを把握するためには、事業に直接かかる経費だけでなく、その事業に従事する職員の人件費も算入する必要があります。先進的な自治体では、職員が日々の業務時間を事業ごとに記録・集計し、より精緻な事業別人件費を算出する試みも行われています。こうした地道な努力が、行政評価の質を高め、説得力のあるものにします。

EBPM(証拠に基づく政策立案)の基礎情報としての活用

 EBPM(Evidence-Based Policy Making)とは、政策の企画立案を、勘や経験、あるいは前例踏襲だけでなく、客観的なデータという「証拠(エビデンス)」に基づいて行おうとする考え方です。地方公会計によって整備された財務情報は、まさにこのEBPMを推進するための根幹をなす「証拠」の一つです。

 例えば、新たな子育て支援施設を建設する計画が持ち上がった際、過去の類似施設の建設費や、固定資産台帳や決算データから算出した既存施設の運営コスト(光熱水費、維持補修費、減価償却費など)を分析することで、新施設のライフサイクルコスト(建設から解体までの総費用)を客観的に推計することができます。この推計に基づき、建設の是非、施設の規模、あるいは既存施設の活用といった代替案などを、データに基づいて合理的に判断することが可能になります。

 このように地方公会計情報を活用することは、財政課の内部業務に留まりません。事業を担当する各課を巻き込み、「コスト意識」という共通言語を庁内に浸透させ、全庁的な行政経営改革を推進する活動なのです。財政課職員には、分析結果を分かりやすく事業担当課にフィードバックし、対話を通じて改善を促す「ファシリテーター」としての役割も期待されています。

東京都・特別区における先進事例と業務改革

先進区の取組に学ぶ

 我々が所属する東京都特別区は、全国の自治体の中でも特に財政規模が大きく、多様な行政課題に直面しています。それゆえに、地方公会計の活用においても、他をリードする先進的な取り組みが見られます。ここでは、いくつかの先進区の事例をケーススタディとして取り上げ、自区の業務改善に繋がるヒントを探ります。

ケーススタディ1:港区「港区財政レポート」に見る住民への分かりやすい情報開示

 港区は、財務書類の分かりやすい公表において、全国的にも高い評価を受けています。総務省が開催した「地方公会計の活用の促進に関する研究会」においても、その取り組みが先進事例として紹介されました。

 港区が公表している「港区財政レポート」の特徴は、単に財務4表の数値を掲載するだけでなく、区民の視点に立った「翻訳」が徹底されている点です。例えば、貸借対照表の数値を区民一人当たりに換算し、「区民一人当たりの資産は142万円、負債は17万円」といった具体的なイメージで示しています。また、グラフやイラストを多用し、財政用語には平易な解説を加えることで、会計の専門知識がない住民でも、区の財政状況の概観を直感的に理解できるよう工夫されています。この事例は、情報開示の目的が単に「公表する」ことではなく、内容を正しく「伝える」ことにあるという、我々が常に心得るべき基本姿勢を示唆しています。

ケーススタディ2:千代田区・足立区等の財務書類から読み解く財政戦略

 各区が公表する財務書類を読み解くことで、その区が持つ財政的な特徴や戦略が見えてきます。

 例えば、千代田区の令和5年度決算(一般会計等)を見ると、資産合計約6,216億円に対し、負債合計は約95億円と極めて少なく、純資産比率は98%を超えています。特に、流動資産の中に約431億円もの財政調整基金を保有しており、これが突発的な財政需要に対応する強力な備えとなっていることが分かります。また、地方債残高がないため、将来負担比率などの健全化判断比率は全国でもトップクラスの健全性を示しています。これは、安定した税収基盤を背景に、無借金経営を基本とする財政運営方針の表れと言えるでしょう。

 一方、足立区の財務書類は、一般会計だけでなく特別会計や関連団体までを対象とした連結ベースで作成・公表されており、区全体の財政状況を一体的に示そうとする姿勢がうかがえます。

 個別の区の状況を理解すると同時に、特別区全体の財政動向の中に自区を位置づける視点も重要です。特別区全体の決算概況を見ると、歳入の柱である特別区税収入は近年増加傾向にあり、また、都区間の財政調整制度の根幹である特別区財政調整交付金も、都の税収増を背景に過去最高水準で推移しています。こうしたマクロな環境が、各区の財政運営にどのような影響を与えているかを分析することも、財政課職員の重要な役割です。

(表)特別区間の主要財務指標比較分析

 自区の財政状況を客観的に評価するためには、内部のデータを見るだけでなく、他区との比較(ベンチマーキング)が極めて有効です。制度的に類似性の高い他の特別区と比較することで、自区の強みや課題がより明確になります。以下は、公表されている令和5年度決算の財務書類(一般会計等または連結)から主要指標を比較した分析例です。

区名区分純資産比率 (%)将来世代負担比率 (%) [注1]住民一人当たり 行政コスト (円) [注2]
千代田区一般会計等98.5%算定不能 [注3]702,468円
港区連結96.7%1.1%240,642円
(自区)
23区平均

[注1] 将来世代負担比率の計算式は各区の公表資料により異なる場合があるため、ここでは簡便的に 地方債残高 ÷ 資産合計 で算出。

[注2] 純行政コスト ÷ 各年1月1日時点の住民基本台帳人口 で算出。

[注3] 千代田区は地方債残高がゼロのため算定不能。極めて健全であることを示す。

(出典:各区公表の令和5年度決算財務書類より作成)

 このような比較分析を通じて、「なぜ、わが区の一人当たり行政コストは他区より高いのか(あるいは低いのか)」「将来世代負担比率の差は、どのような資産形成戦略の違いから生まれているのか」といった、より深い問いを立て、分析を進めることが可能になります。

業務改革とDXの推進

 地方公会計が提供する膨大な財務データを最大限に活用し、業務の質と効率を飛躍的に向上させるためには、デジタル技術の活用、すなわちDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が不可欠です。

ICT活用による効率化:財務会計システムとRPAの連携事例

 現代の地方公会計業務は、高機能な財務会計システムなしには成り立ちません。システムの導入は、単なる電子化に留まらず、ペーパーレス化の推進、電子決裁による意思決定の迅速化、そして固定資産台帳や予算編成システムとのデータ連携による二重入力の排除など、業務プロセス全体の効率化の基盤となります。

 さらに、定型的な繰り返し作業の自動化には、RPA(Robotic Process Automation)の活用が有効です。例えば、財務会計システムから特定のデータを抽出し、定型の報告書フォーマットに転記するといった作業は、RPAの得意分野です。東京都が実施した実証実験では、29の業務をRPAで自動化した結果、年間で438時間もの工数削減効果が見込まれたと報告されています。

 RPA導入の真の目的は、単に作業時間を短縮することではありません。それによって生み出された時間を、職員が財務分析や政策提言といった、より付加価値の高い創造的な業務に振り向けることにあるのです。

BIツール活用によるデータ可視化と意思決定支援

 財務書類や固定資産台帳のデータは、そのままでは数字の羅列であり、専門家でなければその意味を直感的に理解することは困難です。そこで活躍するのが、BI(Business Intelligence)ツールです。BIツールは、システムに蓄積された膨大なデータを、グラフや地図など、視覚的に分かりやすい形に「可視化」するソフトウェアです。

 例えば、固定資産台帳のデータを地図情報システム(GIS)と連携させ、地図上で施設の老朽化度合いを色分けして表示したり、特定のエリアの人口動態データと公共施設の配置状況を重ね合わせて分析したりすることが可能になります。

 このような可視化されたデータは、区長や議員、あるいは住民に対して、複雑な財政課題や政策の必要性を説明する際に、極めて説得力のある材料となります。データに基づいた迅速かつ的確な意思決定を支援する上で、BIツールは強力な武器となり得ます。

生成AIの活用可能性

 近年、急速に進化を遂げている生成AI(ジェネレーティブAI)は、地方自治体の業務にも大きな変革をもたらす可能性を秘めています。総務省の調査によれば、既に多くの自治体がその導入・検討を進めており、議事録の要約などで具体的な業務削減効果も報告されています。財政課の公会計業務においても、以下のような活用が考えられます。

定型業務の自動化・高度化
  • 財務書類の要約・解説文の自動生成:決算後に公表する財務書類の概要版や、広報紙に掲載する住民向け解説記事の初稿を生成AIに作成させます。職員は、その出力結果をレビュー・修正するだけで済むため、文章作成にかかる時間を大幅に削減できます。
  • 議会答弁・住民説明資料の素案作成支援:過去の議事録や財務データ、関連計画などを学習させたAIに対し、「〇〇施設の更新費用が増加した理由について、議会で説明する答弁の骨子を作成して」といった指示を出すことで、答弁の素案や想定問答集を瞬時に生成させることができます。
高度な分析とナレッジ共有
  • AIコールセンター・チャットボット:区のウェブサイトにAIチャットボットを設置し、「自分の納めた税金が何に使われているか知りたい」「財政調整基金とは何ですか」といった住民からの定型的な質問に24時間365日、自動で応答します。
  • ベテラン財政職員のナレッジ共有:これは極めて有望な活用法です。過去の予算査定の記録や、ベテラン職員が作成した引継書、各種マニュアルなどをAIに学習させます。若手職員が「再生可能エネルギー導入に関する新規事業の予算要求が出てきたが、どのような観点で査定すべきか」といった質問を投げかけると、AIがベテラン職員の思考プロセスや過去の類似案件での判断基準を基に、確認すべきチェックリストや査定のポイントを提示する、といったナレッジ共有システムが構築できます。

 これらのDXやAIの導入は、単なる業務効率化に留まるものではありません。それは、財政課職員を日々の定型作業から解放し、データという武器を手に未来の財政を構想する「戦略家」へと、その役割を進化させるための強力な触媒となるのです。

持続可能な行財政運営に向けた実践的スキル

組織レベルで実践するPDCAサイクル

 地方公会計の知識とデータを真に力とするためには、それを組織的なマネジメントサイクルの中に組み込むことが不可欠です。ここでは、Plan(計画)-Do(実行)-Check(評価)-Action(改善)のPDCAサイクルを、組織全体としてどのように回していくかを具体的に解説します。

Plan(計画):財務目標の設定と予算編成への反映

 PDCAサイクルの出発点は、明確な計画と目標設定です。

 まず、区の総合計画や中期的な財政計画において、地方公会計から得られる財務指標を具体的な目標(KPI: Key Performance Indicator)として設定します。例えば、「将来世代負担比率を今後5年間でX%以下に抑制する」「公共施設の平均減価償却率の上昇を年Y%未満に抑える」といった、測定可能な目標を掲げます。

 次に、この目標を達成するための具体的なアクションとして、毎年度の予算編成に反映させます。各部署から提出される予算要求に対して、過去の事業コスト分析(セグメント分析)の結果に基づき、費用対効果を厳しく査定します。特に、事業の目的、投入する資源(予算)、それによって得られる成果(アウトプット・アウトカム)の関係性を明確にするロジックモデルなどの手法を活用し、客観的なデータに基づいた資源配分を行うことが重要です。

Do(実行):公会計情報を活用した事業執行管理

 計画と予算が決定したら、実行(Do)の段階に入ります。

 期中においては、予算の執行状況を、単に消化率が高いか低いかだけでなく、事業の進捗状況とコストの発生状況を一体的にモニタリングすることが求められます。財務会計システムを活用すれば、リアルタイムに近い形で執行データを把握し、計画との乖離を早期に発見することが可能です。これにより、期中の軌道修正や、非効率な支出の抑制に繋げることができます。

Check(評価):決算・財務分析による多角的な評価

 年度が終了し、決算が確定したら、評価(Check)の段階です。

 作成した財務書類を基に、Planで設定したKPIの達成度を検証します。なぜ目標を達成できたのか、あるいはできなかったのか、その要因を深く分析します。

 さらに、前年度との比較(経年比較)や、他の特別区との比較(類似団体比較)を行うことで、自区の財政運営の成果と課題を客観的に評価します。この評価結果は、詳細な分析レポートとして取りまとめ、区長などの経営層や議会、そして最終的には住民に対して明確に報告し、説明責任を果たします。

Action(改善):評価結果に基づく事業見直しと次期計画への展開

 評価で明らかになった課題は、具体的な改善行動(Action)に繋げなければなりません。

 評価結果に基づき、費用対効果の低い事業の統廃合や見直し、運営方法の変更(直営から指定管理者制度への移行など)、あるいは施設使用料といった受益者負担の適正化などを具体的に検討します。

 そして、これらの改善策を、次年度の予算編成方針や、次期総合計画の策定に明確に反映させます。これにより、PDCAサイクルが一巡し、次のPlanへと繋がっていくのです。このサイクルを粘り強く回し続けることが、持続可能な行財政運営の鍵となります。

個人レベルで実践するPDCAサイクル

 組織レベルの壮大なPDCAサイクルも、それを構成する職員一人ひとりの日々の意識と行動の積み重ねがなければ、実質的に駆動しません。地方公会計の知識は、私たち一人ひとりが日々の業務の中でPDCAを回すための「思考のエンジン」となります。

Plan(計画):担当事業のコスト構造の理解と目標設定

 まず、財政課職員として、自らが担当する分野や、関心の高い特定の事業について、セグメント分析の結果や行政コスト計算書を読み解き、そのコスト構造を深く理解することから始めましょう。「この事業の総コストのうち、人件費が何割を占めているのか」「施設の減価償却費は年間いくら発生しているのか」といった事実を数字で把握します。

 その上で、「この事業のコストを来年度1%削減するためには、どの経費にアプローチできるだろうか」といった、自分自身の業務に関連した、具体的で達成可能な改善目標を設定します。

Do(実行):日々の業務におけるコスト意識の徹底

 日々の業務の中で、コスト意識を常に持ち続けることが重要です。

 一件一件の支出伝票を審査する際に、単に形式が整っているかを確認するだけでなく、「この支出は、どの事業の、どのような性質のコストなのか」「予算の目的に合致しているか」を常に意識します。

 事業担当課の職員から予算執行に関する問い合わせがあった際には、単に手続きを案内するだけでなく、「この支出は、事業全体のコストの中でどのような位置づけになりますか」「より費用対効果の高い方法はありませんか」といった対話を心がけ、庁内全体のコスト意識を啓発する役割を担いましょう。

Check(評価):事業別コスト計算書等を活用した自己評価

 年度末には、担当分野のコストが、当初の計画(予算)に対してどうだったか、また前年度と比較してどのように変動したかを、自ら確認・分析します。

 なぜコストが増加(または減少)したのか、その要因(事業量の増加、物価の上昇、業務効率化の成果など)を自分なりに分析し、その考察を記録として残しておくことが、自身の成長に繋がります。

Action(改善):具体的な業務改善提案と実践

 自己評価と分析から見えてきた課題や気づきを、具体的な改善提案として行動に移します。

 例えば、「この消耗品の購入方法は、契約方法を見直せば単価を下げられるかもしれない」「この補助金は、期待される成果に対して費用対効果が低いのではないか」といった提案を、データと共に上司や関係課に提示します。

 大きな提案だけでなく、まずは自身の業務プロセスの中で改善できる点から着手することも重要です。定型的な集計作業を自動化するRPA化を提案したり、ミスを減らすためのチェックリストを作成・共有したりするなど、小さな改善の積み重ねが、組織全体の生産性を向上させるのです。

まとめ:未来を拓く財政課職員として

本研修資料の要点整理

 本研修を通じて、我々は財政課職員として地方公会計を実践していくための包括的な知識とスキルを学んできました。最後に、その要点を改めて確認します。

  • 地方公会計の本質:地方公会計は、単なる会計処理技術ではなく、住民への説明責任を果たし、データに基づいた質の高い行政経営(パブリック・マネジメント)を実現するための、現代の地方自治体にとって不可欠な経営言語です。
  • 財務書類の役割:財務書類4表と、その根幹をなす固定資産台帳は、区の財政状況を多角的に映し出す鏡です。この鏡を正しく作成し、そこに映し出された姿を深く読み解き、分析するスキルは、我々財政課職員のコア・コンピタンスです。
  • 進化する業務:先進区の事例に学び、DXや生成AIといった新しい技術を積極的に業務に取り入れることで、我々の仕事はより効率的かつ高度なものへと進化します。定型作業から解放され、より創造的な分析・企画業務へとシフトしていくことが求められます。
  • PDCAの実践:最終的に、これらの知識やツールは、組織と個人の両レベルでPDCAサイクルを粘り強く回し続けることによって、初めて持続可能な行財政運営という成果に結実します。

専門性を磨き、区民に信頼される職員となるために

 本研修で得た知識は、皆さんの長い職業人生における、あくまでスタートラインです。日々変化する社会経済情勢、新たな行政課題、そして進化し続ける会計基準やデジタル技術に対応するためには、常に学び続ける姿勢が不可欠です。

 財政課職員に求められる役割は、もはや単なる「区役所のお金の番人」ではありません。我々は、財務のプロフェッショナルとして、客観的なデータに基づいた的確な分析と、将来を見据えた戦略的な提言を行い、区の重要な政策決定を根底から支える「経営参謀」としての役割を担っています。

 その高度な専門性と、それに基づく誠実な仕事こそが、区民からの揺るぎない信頼の礎となります。本研修が、皆さんが財政課職員としての誇りと使命感を胸に日々の業務に邁進し、未来の特別区を支える中核的人材へと成長していくための一助となることを、心から願っています。

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