【財政課】予算査定の効率化 完全マニュアル

はじめに
※本記事はAIが生成したものを加工して掲載しています。
※生成AIの進化にあわせて作り直すため、ファクトチェックは今後行う予定です。
予算査定業務の根幹を理解する
予算査定の意義と目的:なぜ我々は査定を行うのか
地方自治体における予算査定は、単なる経費の削減や帳尻合わせの作業ではありません。それは、区民から信託された貴重な財源である税金を、いかにして区民福祉の最大化に繋げるかという、自治体経営の根幹をなす戦略的な意思決定プロセスです。民間企業が利益の最大化を目的とするのとは異なり、地方自治体は収支の均衡を図りながら、地域課題の解決や住民生活の質の向上といった「政策的効果」を最大化することを使命としています。この崇高な目的を達成するため、予算査定には主に三つの重要な意義が存在します。
第一に、「政策の優先順位付け」です。自治体が取り組むべき課題は無限にありますが、財源は有限です。子育て支援、高齢者福祉、防災対策、インフラ整備など、多岐にわたる行政需要の中から、限られた資源をどの分野に重点的に配分すべきかを決定することが査定の核心です。これは、区の将来像を描き、その実現に向けた道筋を具体化する作業に他なりません。
第二に、「財政規律の維持」です。地方財政法では、経費の支出は「必要且つ最少の限度」で行うべきことが定められています。予算査定は、この法的要請を具現化するプロセスであり、事業の効率性や経済合理性を厳しく吟味し、無駄な支出を排除するチェック機能としての役割を担います。これにより、財政の健全性を確保し、持続可能な行政サービスを提供するための基盤を維持します。
第三に、「未来への戦略的投資」です。査定は、目先のコストカットに終始するものではなく、産業振興や教育、研究開発といった、地域の未来を拓く可能性のある分野へ戦略的に資源を配分する機能も持ち合わせています。短期的な視点だけでなく、中長期的な視点から区の発展に資する事業を見極め、育てることも財政課に課せられた重要な責務です。
これらの目的を達成する過程で、現代の財政課職員に求められる役割は、かつての「監査役」的な存在から大きく変化しています。単に事業の無駄をチェックするだけでなく、各事業が区の総合計画や政策目標の達成にどのように貢献するのかを評価し、より効果的な手法はないかを事業所管課と共に考える「価値の最大化(バリュー・マキシマイザー)」としての役割が強く求められるようになっています。査定の問いは、「この支出は無駄ではないか?」から、「これは区民の幸福度を最大化するために、税金の最善の使い道と言えるか?」へと深化しているのです。この意識の転換こそが、質の高い予算査定を実現するための第一歩となります。
地方自治体における予算編成の歴史的変遷
現在の予算査定業務を深く理解するためには、その背景にある地方自治および地方財政制度の歴史的変遷を把握することが不可欠です。日本の地方自治制度は、明治期の制度設計から戦後の大きな改革、そして現代の地方分権の流れの中で、その姿を大きく変えてきました。
近代的な地方制度の礎は、明治11年(1878年)の「三新法」(郡区町村編制法、府県会規則、地方税規則)に遡ります。これにより、地方税の使い道について議決権を持つ府県会が設置され、予算という概念が地方行政に導入されました。その後、明治21年の市制町村制、明治23年の府県制・郡制の制定を経て、地方公共団体の骨格が形成されていきました。しかし、この時代の地方自治は、国の強い監督下に置かれた「制限自治」であり、予算編成における自主性は限定的でした。
戦後、日本国憲法の下で地方自治制度は抜本的に改革されます。特に、昭和24年(1949年)のシャウプ勧告は、その後の地方税財政制度の根幹を形作りました。この勧告に基づき、市町村優先の考え方が導入され、国と地方の役割分担が明確化されるとともに、地方の財源保障と財政力格差の是正を目的とした「地方交付税制度」が創設されました。この制度の導入により、各自治体は、国からの補助金に過度に依存することなく、一定の自主財源を確保し、独自の判断で予算を編成する基盤を得ることになりました。
その後も、高度経済成長期を経て、国の予算編成で導入された「シーリング」(概算要求基準)の手法が地方にも波及するなど、国の財政運営は地方の予算編成に大きな影響を与え続けてきました。しかし、最大の転換点となったのは、平成12年(2000年)の地方分権一括法の施行です。これにより、国と地方の関係は従来の「上下・主従」から「対等・協力」へと転換され、地方の自己決定権が大幅に拡大しました。
この歴史的潮流は、現代の予算査定業務に深く根差した「文化」を形成しています。長年にわたる中央集権的な体制は、多くの自治体において、前年度の予算を基準に微修正を加えていく「インクリメンタリズム(漸増主義)」という、ある種の慎重な予算編成文化を育みました。現代において推進されているEBPM(証拠に基づく政策立案)や成果主義に基づく予算編成は、こうした歴史的な慣行、いわゆる「経路依存性」から脱却し、法的に与えられた自律性を最大限に活用して、より積極的で成果志向の組織文化を醸成しようとする試みであると捉えることができます。歴史を知ることは、我々が乗り越えるべき課題を理解することにも繋がるのです。
財政課における標準的な予算査定業務フロー
特別区における当初予算の編成は、概ね前年度の夏頃から始まり、翌年3月の区議会での議決まで、半年以上にわたる長丁場のプロセスです。この一連の流れを正確に把握することは、効率的な査定業務の前提となります。以下に、標準的な業務フローを時系列で詳解します。
- 4月~8月:情報収集・準備期間
- 新年度が始まると同時に、次年度の予算編成に向けた準備が水面下で始まります。この時期、財政課は、国の経済見通しや税制改正の動向、東京都の財政状況、そして自区の税収動向や各種基金の状況など、歳入見通しを立てるための情報収集に努めます。同時に、各事業所管課も、新たな行政課題への対応や既存事業の見直しに向けた情報収集や内部検討を開始します。
- 9月~11月:予算編成方針の策定と各部局からの要求
- 予算編成方針の決定(9月~10月):
- 首長のリーダーシップのもと、次年度の区政運営の基本姿勢や重点施策、財政見通しなどをまとめた「予算編成方針」が策定され、全庁に通知されます。この方針は、各部局が予算要求を行う上での羅針盤となり、財政課が査定を行う際の最も重要な判断基準の一つとなります。
- 各部局による予算要求書の提出(10月~11月):
- 各部局は、予算編成方針に基づき、所管する事業に必要な経費を積算し、予算要求書を作成して財政課に提出します。要求書には、事業の目的、内容、期待される効果、そして積算の具体的な根拠などが詳細に記載されます。
- 予算編成方針の決定(9月~10月):
- 12月~1月:財政課による査定と復活要求
- 財政課による査定(ヒアリング):
- ここからが、財政課の業務が最も過酷になる「査定期間」です。提出された全ての予算要求に対し、財政課の担当者が各部局の担当者と直接対話する「ヒアリング」を実施します。事業の必要性、緊急性、費用対効果などを徹底的に精査し、限られた財源の中で予算案を構築していきます。
- 財政課長・財務部長による査定と内示:
- 担当者レベルのヒアリング結果は、まず財政課長に報告されます。財政課長は、全庁的なバランスや財源状況を勘案し、「計上」「保留」「ゼロ査定」などに仕分け、各部局に一次内示を行います。この内示に不服がある部局は、次に財務部長(または企画財政部長など)に対して不服申し立て(復活要求)を行うことができます。部長査定を経て、再度内示が出されます。
- 財政課による査定(ヒアリング):
- 1月~3月:首長査定・予算案の公表・議会審議
- 首長査定(1月):
- 財政部局内で調整された予算原案は、最終的に首長(区長)の査定を受けます。ここでは、特に重要な政策や部局間の利害が対立する事業について、最終的な政治判断が下されます。復活要求のあった事業も、ここで再度審議の対象となります。
- 予算案の公表(2月中旬):
- 首長査定を経て固まった予算案は、区民や報道機関に公表されます。近年では、透明性を高めるため、予算編成の過程(各部局の要求状況や査定結果など)をホームページ等で公開する自治体も増えています。
- 議会への上程・審議・議決(2月下旬~3月下旬):
- 予算案は、2月下旬から始まる第一回区議会定例会に上程され、審議されます。予算特別委員会などで、議員から事業内容や積算根拠について詳細な質疑が行われ、最終的に本会議で採決され、可決されることで正式に予算が成立します。
- 首長査定(1月):
予算査定を支える法的根拠と実務原則
地方自治法・地方財政法等の根拠法令解説
予算査定業務は、担当者の経験や勘だけで行われるものではなく、地方自治法や地方財政法といった法律に定められた厳格なルールの下で行われます。これらの法令を正しく理解することは、査定の客観性と正当性を担保し、要求部署との交渉を円滑に進める上で不可欠です。以下に、査定業務に直結する主要な条文とその実務上の意義を解説します。
法令 | 条文 | 条文の概要 | 実務上の意義と留意点 |
地方自治法 | 第208条 | 会計年度独立の原則 | 当該年度の歳出はその年度の歳入で賄うことが原則です。年度内に執行が終わらないからといって、安易に翌年度に予算を繰り越すことはできません。例外である繰越明許費や、複数年度にわたる支出を約束する債務負担行為の要求に対しては、その要件を特に厳格に審査する必要があります。 |
地方自治法 | 第215条 | 予算の内容 | 歳入歳出予算のほか、継続費、繰越明許費、債務負担行為、地方債、一時借入金などが予算の一部であることを規定しています。査定時には、これらの特殊な予算項目が、法令の趣旨に沿って適切に計上されているかを確認する視点が求められます。 |
地方自治法 | 第216条 | 歳入歳出予算の区分 | 歳入は性質別に、歳出は目的別に「款」「項」に区分することを規定しています。事業の目的に合致しない経費区分での要求は認められません。また、款項間の経費の流用は原則として議会の議決が必要であり、査定時に適切な経費区分となっているかを確認することは、予算執行の適正化に繋がります。 |
地方財政法 | 第3条 | 予算の編成 | 経費は合理的基準で、収入は経済実態に即して正確に算定し予算計上することを規定しています。この条文は、要求部署の積算根拠が客観的データに基づいているか、希望的観測ではなく現実的なものかを問う強力な根拠となります。同様に、財政課自身が作成する歳入見積もりも、過度に楽観的であってはなりません。 |
地方財政法 | 第4条 | 予算の執行等 | 経費は「必要且つ最少の限度」で支出しなければならないと規定しています。これは、予算査定における最大の判断基準であり、我々の業務の根幹をなすものです。常に「より安価な代替手段はないか」「過剰な仕様(オーバースペック)ではないか」「そもそもこの事業は本当に今、必要なのか」という視点を持つ法的根拠となります。 |
地方財政法 | 第5条 | 地方債の制限 | 歳出の財源は、税収などの地方債以外の歳入で賄うのが原則です。公営企業経費や公共施設整備など、法律で地方債の発行が認められる場合が限定的に列挙されています。この規定は、安易な借金による将来世代への負担の先送りを抑制するための重要な防波堤であり、査定において厳格に適用されなければなりません。 |
これらの法令は、財政課職員にとって、日々の業務の拠り所であり、時には要求部署との厳しい交渉における「盾」ともなります。条文をただ知っているだけでなく、その背景にある趣旨を理解し、実務の場面で的確に引用・説明できる能力を身につけることが重要です。
査定方式の選択:一件査定と枠配分方式の理論と実践
予算査定の具体的な進め方には、大きく分けて「一件査定方式」と「枠配分方式」の二つの手法が存在します。どちらの方式を選択するかは、単なる事務手続きの違いに留まらず、組織全体の予算に対する意識や行動に大きな影響を与えます。
- 一件査定方式(ボトムアップ型・集中管理方式)
- 概要:
- これは、各部局から要求された事業(経費)を、財政課が一つひとつ個別に内容を精査し、査定していく伝統的な方式です。財政課に予算編成の権限が集中しており、トップダウンでの強力な財政コントロールが可能です。
- メリット:
- 全庁的な視点から、事業間の優先順位付けや重点配分を行いやすい。
- 個々の事業の細部に至るまでチェックするため、非効率な支出を発見しやすい。
- 財政規律を強力に維持することができる。
- デメリット:
- 全ての要求を精査するため、財政課の作業負担が膨大になる。
- 要求部署の自主性や創意工夫が働きにくく、前年度踏襲の要求に陥りがちになる。
- 査定プロセスが財政課と要求部署の「攻防」のようになり、対立構造を生みやすい。
- 概要:
- 枠配分方式(トップダウン型・分権管理方式)
- 概要:
- これは、財政課が各部局に対して、あらかじめ一般財源の配分額(枠)を提示し、その枠内であれば、各部局の裁量で事業の優先順位付けや経費の配分を決定できる方式です。財政課は個々の事業の細部にまでは介入せず、各部局の自主的な経営努力を促すことを目的とします。
- メリット:
- 各部局が自らの責任で事業の取捨選択を行うため、コスト意識と経営感覚が向上する。
- 住民ニーズを最もよく知る現場の判断が活かされやすくなる。
- 財政課は細部の査定から解放され、全庁的な戦略立案や財政分析といった、より高度な業務に注力できる。
- デメリット:
- 各部局が自部門の利益を優先し、全庁的な視点が欠如する「セクショナリズム」に陥る可能性がある。
- 財政課の全体調整機能が弱まり、部局間の財源配分の公平性が損なわれる恐れがある。
- 枠の算定基準を巡って、新たな対立が生まれる可能性がある。
- 概要:
近年では、両者の長所を組み合わせた「ハイブリッド方式」を導入する自治体も増えています。例えば、人件費や扶助費などの義務的経費は一件査定で厳格に管理し、政策的な経費については枠配分で各部局の裁量を認めるといった手法です。また、枠配分を導入する際に、前年度の執行で経費を節減した部局に対し、その節減額の一部をインセンティブとして翌年度の枠に上乗せする仕組みを設けることで、各部局の経営努力をさらに引き出す工夫も見られます。
査定方式の選択は、組織の文化を形成する強力なドライバーです。一件査定は、要求部署を「個々の事業の正当性を主張する弁護人」にさせがちですが、枠配分方式は、彼らを「自部門のサービス全体の価値を最大化するポートフォリオ・マネージャー」へと変革させる可能性を秘めています。自区の財政状況や組織風土を踏まえ、最適な査定方式をデザインしていくことが、財政課の重要な戦略的役割の一つと言えるでしょう。
査定能力を深化させる応用知識
行政評価・EBPMとの連携による査定の高度化
予算査定の説得力と客観性を飛躍的に高めるためには、行政評価やEBPM(Evidence-based Policy Making:証拠に基づく政策立案)との連携が不可欠です。これらは、予算という「投入(Input)」が、いかにして区民にとっての「成果(Outcome)」に結びついているのかを可視化し、査定を単なるコストカットから「成果を最大化するための戦略的な資源配分」へと進化させるための強力なツールとなります。
行政評価との連携は、PDCAサイクルの「C(評価)」と「A(改善)」を予算編成に直結させることを意味します。前年度に実施された事務事業評価の結果に基づき、「継続」「拡充(レベルアップ)」「縮小・廃止」といった判断を次年度の予算要求・査定に反映させるのです。例えば、静岡県浜松市では、図書館の行政コスト計算書を用いた評価を行い、貸出利用者数が減少しているという課題を特定しました。この評価結果を基に、指定管理者制度への移行を予算編成で検討し、結果としてコスト削減とサービス向上(休館日廃止)を両立させています。このように、評価結果を予算に反映させることで、事業の「選択と集中」をデータに基づいて行うことが可能になります。
さらに一歩進んだアプローチがEBPMの導入です。EBPMは、勘や経験、前例に頼るのではなく、客観的なデータという「証拠(エビデンス)」に基づいて政策を立案・評価する手法です。予算査定の文脈では、特に「ロジックモデル」の活用が有効です。ロジックモデルとは、事業に投入される資源(予算、人員など)が、どのような活動(事業内容)を通じて、直接的な産出物(アウトプット:サービス利用者数など)を生み出し、最終的にどのような成果(アウトカム:区民の健康寿命の延伸など)に繋がるのか、その因果関係を論理的に図式化したものです。
このEBPMとロジックモデルは、財政課と要求部署との間の「共通言語」として機能します。予算ヒアリングの場が、「この事業にはこれだけのお金が必要です」という主張の応酬から、「このロジックモデルで示された、この活動とこの成果の間の因果関係は、どのようなデータで裏付けられていますか?」「同じ成果を、より少ない投入で達成できる別の活動はありませんか?」といった、建設的で分析的な対話へと変わるのです。これにより、財政課職員は、単なる査定者ではなく、要求部署と共に事業設計そのものを改善していく「政策パートナー」としての役割を果たすことができます。国の行政事業レビューにおいてもEBPMの視点が導入されており、その手法を参考にすることも有効です。
特殊ケースへの対応(補正予算、繰越事業、債務負担行為)
当初予算の編成と並行して、財政課は年度の途中で発生する様々な特殊な予算措置にも対応しなければなりません。これらは財政の柔軟性を確保するために不可欠な制度ですが、安易な適用は財政規律の緩みに繋がるため、査定においては特に慎重な判断が求められます。
- 補正予算
- 概要:
- 当初予算成立後に生じた、予測できなかった事態(大規模な自然災害、急激な経済情勢の変化、国の新たな交付金の決定など)に対応するため、年度の途中で予算を追加・変更するものです。
- 査定上の留意点:
- 緊急性の吟味: なぜ「当初予算で対応できなかったのか」「次年度の当初予算まで待てないのか」という緊急性を厳しく問う必要があります。安易な補正予算の編成は、当初予算査定の形骸化を招きます。世田谷区の事例のように、社会情勢の変化に対応するために複数回の補正が組まれることもありますが、その都度、必要性の検証が不可欠です。
- 財源の確認: 補正予算の財源は、主に予備費、国都支出金、前年度繰越金、地方債、そして財政調整基金の取り崩しで賄われます。特に、安易な基金の取り崩しは将来の財政の弾力性を損なうため、他の財源で対応できないかを十分に検討する必要があります。
- 概要:
- 繰越明許費
- 概要:
- 事業の性質上またはやむを得ない事由により、年度内に支出を終えることができない経費について、あらかじめ議会の議決を経て、翌年度に繰り越して使用することを認める制度です(地方自治法第213条)。大規模な建設事業などで活用されます。
- 査定上の留意点:
- 繰越事由の妥当性: 「やむを得ない事由」が、単なる事務の遅延や計画の甘さではないかを精査する必要があります。繰越が常態化している事業については、事業計画そのものに問題がないか、抜本的な見直しを促す視点が重要です。
- 財政への影響: 繰越額が大きくなると、翌年度の財政運営を硬直化させる要因となります。繰越見込み額の精度を高め、不要な繰越を避けるよう指導することが求められます。
- 概要:
- 債務負担行為
- 概要:
- 土地の購入契約や複数年度にわたるリース契約など、将来(翌年度以降)の財政支出を約束する必要がある場合に、その期間と限度額をあらかじめ議会の議決を経て定めておくものです(地方自治法第214条)。
- 査定上の留意点:
- 将来負担の把握: 債務負担行為は、将来の財政を拘束する行為です。その設定にあたっては、将来の公債費負担や他の経費とのバランスを十分に考慮し、中長期的な財政見通しの中でその妥当性を判断する必要があります。
- 必要性の検証: なぜ単年度の支出ではなく、複数年度にわたる約束が必要なのか、その理由を明確に求める必要があります。代替可能な他の手法がないかも含めて検討します。
- 概要:
先進事例に学ぶ:東京都・特別区の動向と財政比較
東京都と特別区の財政構造と予算編成プロセスの特徴
特別区の財政課職員として予算査定業務を遂行する上で、自区の財政だけでなく、東京都との関係性、特に「都区財政調整制度」を理解することは極めて重要です。この制度は、都と特別区の役割分担に基づき、安定的で均衡のとれた財政運営を確保するための根幹的な仕組みです。
都は広域自治体として、特別区の区域にまたがる広域的な事務(消防、上下水道、広域的な都市計画など)を担い、特別区は基礎的自治体として、住民に身近な事務(戸籍、福祉、教育、道路管理など)を担います。この役割分担に伴い、財源も調整されます。本来であれば特別区の収入となるべき市町村税の一部(法人住民税、固定資産税、特別土地保有税)を都が徴収し、これを原資として、各区の財政需要(人口や行政面積などから算定)に応じて「特別区交付金」として各区に再配分します。
この仕組みにより、特別区の歳入は、自区で徴収する特別区民税などの「特別区税」と、都から交付される「特別区交付金」が二つの大きな柱となります。足立区の例では、財政調整交付金が歳入の約3割を占めており、都税収入の動向が各区の財政に極めて大きな影響を与えることが分かります。したがって、財政課職員は、自区の税収動向だけでなく、東京都全体の景気動向や都税収入の見通しを常に注視し、歳入見積もりに反映させる必要があります。
予算編成のスケジュールにおいても、都と区は密接に関連しています。東京都の予算編成は、例年8月1日に次年度の予算見積方針が示されることでスタートします。一方、多くの特別区では、7月下旬頃に区の予算編成方針が決定され、10月上旬に各部からの予算要求が締め切られます。都の方針や予算動向が、区の事業(特に都からの補助金が関連する事業)に影響を与えるため、都の動きを早期に把握し、情報収集を行うことが、的確な査定を行う上で重要となります。
主要特別区(千代田区、港区、世田谷区、足立区等)の先進的取組とベンチマーキング
23の特別区は、それぞれ異なる地域特性や財政状況を背景に、特色ある予算編成を行っています。他区の先進的な取り組みを分析し、自区の査定業務に活かす視点(ベンチマーキング)は、業務の質を向上させる上で非常に有効です。
- 千代田区:透明性とDXによる戦略的効率化
- 千代田区は、予算編成過程の積極的な情報公開を特徴としています。予算編成方針の決定から、各部局の要求額、査定期間、予算案の公表、議決に至るまでのプロセスを詳細にホームページで公開しており、行政運営の透明性を高める先進的な取り組みとして注目されます。また、確保した財源を「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」に戦略的に投資し、行政手続きのオンライン化や業務プロセスの抜本的見直し(BPR)を推進することで、住民サービスの向上と行政の効率化を両立させています。
- 港区:潤沢な財源と徹底した事業評価の連携
- 港区は、特別区民税が987億円に達するなど、極めて潤沢な財政力を誇ります。その中で、予算編成方針において「子ども」「健康福祉」「安全な街づくり」「にぎわい」といった4つの重点施策を明確に掲げ、戦略的な資源配分を行っています。特筆すべきは、全1,537事業を対象とした事務事業評価を予算編成に完全に連動させている点です。令和6年度の評価では、「統合」「縮小・一部廃止」「廃止」と判断された事業により、実に6億1,340万9千円もの削減効果を生み出しており、成果に基づき事業を厳しく見直す姿勢は他区の模範となります。
- 世田谷区:大規模予算における未来への投資
- 人口約93万人を抱える世田谷区の一般会計予算は、約4000億円という大規模なものになります。その中で、目先の課題対応だけでなく、区の将来を見据えた投資を重視している点が特徴です。「学習する都市推進予算」と名付けられた予算では、不登校特例校の枠組みを見直した全国的にも注目される「学びの多様化学校」の開設や、旧中学校跡地を活用した新産業創出拠点「ホームワークビレッジ」の整備など、教育改革や地域活性化といった未来への投資に重点が置かれています。
- 足立区:「選ばれるまち」を目指す戦略的投資
- 足立区は、経常収支比率を適正水準内に維持するなど、財政の健全化に強い意識を持ちながら、「住みたい」「住み続けたい」と思われる「選ばれるまち」になるための戦略的な予算配分を行っています。特に、子育て家庭への訪問支援や給食費補助の増額、若者向けの習い事・資格取得支援(一人5万円)など、子育て・若者支援に手厚く投資することで、区の魅力を高め、将来の担い手を育てるという明確なビジョンが示されています。
これらの事例分析から見えてくるのは、予算編成が単なる内部の事務作業ではなく、各区のアイデンティティを表明し、住民や企業を惹きつけるための「ブランディング戦略」の一環となっているという事実です。足立区が「選ばれるまち」を、世田谷区が「学習する都市」を標榜するように、予算の重点配分は区のブランドイメージを直接的に形成します。したがって、財政課職員は個々の事業を査定する際、「この事業は、我々の区が持つ独自のブランド価値や競争力の向上に、どのように貢献するのか?」という、より高次の問いを持つことが求められます。
業務改革とDXによる査定業務の抜本的効率化
ICT活用による定型業務の自動化(RPA・BIツール)
予算編成業務、特に査定期間中の財政課は、膨大な量のデータ処理に追われます。各部局から提出される予算要求データの財務会計システムへの入力、査定結果の転記、各種集計帳票の作成といった定型的な作業は、職員の貴重な時間を奪い、本来注力すべき戦略的な分析や交渉の時間を圧迫しています。これらの課題を解決する強力なツールが、RPA(Robotic Process Automation)です。
RPAは、人間がパソコンで行う定型的な操作を記録し、ソフトウェアロボットが自動で再現する技術です。例えば、以下のような業務への活用が考えられます。
- 予算要求データの自動入力:
- 各課からExcel等で提出された要求データを、RPAが自動で読み取り、財務会計システムに間違いなく入力する。
- 査定結果の自動転記・集計:
- 財政課の査定結果(増減額)を、RPAが各帳票や集計表に自動で反映させ、常に最新の予算案全体の状況を可視化する。
- 各種資料の自動作成:
- 議会説明資料や財政状況の公表資料など、定型的なフォーマットを持つ書類を、RPAがデータを基に自動で作成する。
RPAの導入にはコストが課題となる場合がありますが、近年では無料で利用できるツールも登場しています。大川市(福岡県)では、無料RPAツール「マクロマン」を導入し、専門知識を持つサポートを受けながら支出命令書作成業務などを自動化しています。このようなツールは、LGWAN(総合行政ネットワーク)に接続しないオフライン環境でも利用可能なデスクトップ型が多く、セキュリティ面での懸念も少ないため、自治体でも導入しやすいという利点があります。
RPA導入を成功させるためには、まず導入目的を明確にし、どの業務を自動化すれば最も効果が高いかを見極めることが重要です。職員へのアンケートなどを通じて対象業務を洗い出し、費用対効果を検証しながら、スモールスタートで始めることが成功の鍵となります。定型業務をRPAに任せることで、職員はより付加価値の高い、創造的な業務に集中できるようになります。
生成AIの戦略的活用:査定業務の未来像
RPAが定型業務を自動化するのに対し、生成AI(Generative AI)は、非定型的な知的作業を支援し、予算査定業務そのものの質を根底から変革する可能性を秘めています。総務省も「地方自治体におけるAI活用・導入ガイドブック」を公表するなど、その活用を推進しています。以下に、具体的なユースケースを挙げます。
- 高度な分析支援
- エビデンスの迅速な確認:
- 予算要求の根拠とされている法令や条例、過去の議事録、関連する総合計画などをAIに読み込ませ、「この要求事業は、総合計画のこの部分と整合性が取れているか」「過去の議会で同様の指摘はなかったか」といった問いに対し、要約と比較結果を瞬時に得ることができます。これにより、査定の客観性と精度が飛躍的に向上します。
- 費用対効果分析の補助:
- 要求されている事業について、類似事業を実施している他の自治体の事例や、関連する統計データをAIに分析させ、事業効果の予測や費用対効果分析のたたき台を作成させることが可能です。
- エビデンスの迅速な確認:
- 文書作成業務の劇的な効率化
- 査定結果通知文の自動生成:
- 査定結果(承認、減額、否認)と、その理由となるキーワード(例:「費用対効果が低い」「代替案を検討すべき」)をAIに入力するだけで、各部局への通知文のドラフトを自動生成させることができます。
- 議会答弁案の作成支援:
- 過去の議会答弁のデータをAIに学習させることで、予算案に関する議員からの想定問答に対し、答弁案の骨子や関連資料のリストを生成させることができます。相模原市の実証実験では、この手法により議会答弁の作成時間が40%も削減されたという報告があり、大きな効果が期待できます。
- 査定結果通知文の自動生成:
- 組織知の継承と向上
- トップ査定者のナレッジ共有:
- 経験豊富なベテラン職員の査定ノウハウや判断基準、交渉の記録などをAIに学習させることで、その暗黙知を形式知化し、組織全体の査定能力を底上げすることができます。若手職員がAIに相談することで、ベテラン職員から直接指導を受けるような経験を得ることも可能になります。
- トップ査定者のナレッジ共有:
生成AIの導入は、職員のスキルセットを根本から変える触媒となります。これまで若手・中堅職員が多くの時間を費やしてきた情報収集、要約、文書作成といった業務が自動化されることで、彼らに求められる能力は、より高度なものへとシフトします。すなわち、AIに的確な指示を与える批判的思考力(プロンプトエンジニアリング)、AIの出力結果の真偽を見抜く判断力、そしてAIにはできない人間同士の複雑な交渉や合意形成といった、より創造的で戦略的なスキルが中核となるのです。財政課は、単なる財務の専門家集団から、区政全体の経営を支える戦略アドバイザー集団へと進化していく必要があります。
ただし、生成AIの利用には注意も必要です。AIの出力には、事実に基づかない誤った情報(ハルシネーション)が含まれる可能性があるため、生成された内容を鵜呑みにせず、最終的なファクトチェックは必ず人間の職員が行わなければなりません。また、個人情報や非公開の意思決定情報を入力しないよう、庁内での利用ガイドラインを厳格に定め、セキュリティを確保することが不可欠です。導入にあたっては、国のデジタル田園都市国家構想交付金などの補助金制度を活用することも有効です。
査定の成果を最大化する実践的スキル
組織レベルで実践するPDCAサイクル
予算編成プロセスは、一度きりのイベントではなく、継続的な改善を目指すマネジメントサイクルそのものです。組織として予算査定の成果を最大化するためには、予算編成から執行、決算、そして次年度の予算編成へと続く一連の流れを、大きな「PDCAサイクル」として捉え、意識的に回していくことが重要です。「まち・ひと・しごと創生総合戦略」などでも、政策効果を客観的な指標で検証し、改善に繋げるPDCAの仕組みが重視されています。
- Plan(計画):成果指標(KPI)と目標値の設定
- サイクルの出発点は、明確な計画です。区の総合計画や毎年度の予算編成方針に基づき、各施策や事業が「何を達成しようとしているのか」を具体化します。そのために、事業の成果を客観的に測定するための「成果指標(KPI:Key Performance Indicator)」と、達成すべき「目標値」を設定することが不可欠です。例えば、「市内限定商品券の流通拡大」という事業であれば、「プレミアム商品券が使える店舗数」をKPIとし、「〇〇店舗」という具体的な目標値を設定します。この計画段階でのKPI設定の質が、後の評価(Check)の質を決定づけます。
- Do(実行):予算の執行
- 議会で可決された予算に基づき、各部局が事業を執行します。この段階では、財政課は予算が適正に執行されているかをモニタリングする役割を担います。
- Check(評価):決算と行政評価による効果検証
- 会計年度が終了すると、決算作業が行われます。ここでは、単に歳入と歳出の結果を確定させるだけでなく、計画(Plan)段階で設定したKPIの目標値が達成できたかを検証します。予算がどれだけ使われたか(経済性)だけでなく、それによってどのような成果が生まれたか(有効性)を客観的なデータで評価することが重要です。この評価結果は、事務事業評価にも反映され、個々の事業のパフォーマンスが明らかにされます。
- Action(改善):次年度予算編成へのフィードバック
- 評価(Check)によって明らかになった課題や成果を、次年度の予算編成に具体的に反映させます。目標を達成し、高い費用対効果が認められた事業は「拡充(レベルアップ)」を検討し、逆に成果が上がらなかった事業や社会状況の変化で必要性が低下した事業は「縮小」や「廃止」を査定で判断します。このActionの段階を確実に行うことで、PDCAサイクルが一周し、組織全体の行財政運営が継続的に改善されていきます。
個人レベルで実践するPDCAサイクルと交渉・調整術
組織全体の大きなPDCAサイクルを動かすのは、財政課職員一人ひとりの日々の業務です。特に、予算ヒアリングというミクロな場面においても、PDCAサイクルを意識することで、査定の質を格段に向上させることができます。
- Plan(準備):徹底的な「プレ査定」
- ヒアリングの成否は、事前準備で9割が決まります。要求書をただ待つのではなく、事前に徹底的に読み込み、関連法令や過去の決算資料、行政評価の結果などを調査し、自分自身で「プレ査定」を行います。要求の趣旨、積算根拠の妥当性、事業の全体像を把握し、不明点や論点をリストアップしておくことで、限られた時間の中で的を射た質問が可能になります。
- Do(実行):対話としてのヒアリング
- 準備した論点に基づき、ヒアリングを実施します。しかし、これは相手を問い詰める「尋問」ではありません。重要なのは、相手の要求の背景にある「本当に解決したい課題は何か」「なぜこの事業が必要だと考えているのか」という本質を深く引き出す「対話」の姿勢です。
- Check(振返り):ヒアリングの自己評価
- ヒアリング後、得られた情報や交渉の結果を整理するとともに、自身の対応を振り返ります。「あの質問は有効だったか」「もっと良い代替案を提示できなかったか」など、自己評価を行うことで、自身の強みと弱みを客観的に把握します。
- Action(改善):次への応用
- 振り返りで得た気づきを、次のヒアリングや、復活要求への対応、さらには次年度の査定業務に活かしていきます。この小さなサイクルの積み重ねが、個人の査定能力を着実に向上させます。
そして、この個人レベルのPDCAサイクルを効果的に回す上で、中核となるスキルが「交渉・調整術」です。予算ヒアリングは、要求側と査定側が対立するゼロサムゲームではありません。相手を論破することが目的ではなく、区民にとっての最善の解を共に見つけ出す「共創」の場と捉えるマインドセットが重要です。
そのためには、まず相手の要求を真摯に聴き、その背景にある課題や情熱を理解しようと努める「傾聴力」が求められます。その上で、財政的な制約や全庁的な優先順位を、客観的なデータと共に丁寧に説明する「説明力」が必要です。そして、単に要求を削減するだけでなく、「その目的を達成するためには、もっと費用対効果の高い別の手法があるのではないか」といった代替案を提示する「提案力」が、最終的な納得感と信頼関係に繋がります。
こうした公式(フォーマル)な交渉プロセスを円滑に進める上で、実は日頃からの非公式(インフォーマル)な人間関係が決定的な役割を果たします。自席で数字と向き合うだけでなく、積極的に庁内を歩き、他部署の職員と雑談を交わすことが重要です。一見無駄に思える雑談の中から、現場が抱えるリアルな課題や、担当者の人となりなど、要求書だけでは決して分からない貴重な情報が得られます。このようにして築かれた信頼関係こそが、厳しい査定内容を伝えなければならない場面で、「あの人が言うなら、全庁的な視点で考えてくれているのだろう」という納得感を生み出し、困難な調整を成功に導く土台となるのです。
まとめ:未来を拓く財政課職員として
本研修資料を通じて、財政課の予算査定業務が、単なる数字の管理業務ではなく、区の未来を形作るための極めて創造的で戦略的な仕事であることをご理解いただけたかと存じます。
我々、財政課職員に求められる役割は、時代の変化とともに大きく進化しています。かつてのようなコストカッター、あるいは監査役としての役割に留まることは、もはや許されません。地方分権の進展、複雑化する行政課題、そしてテクノロジーの急速な進化という大きな潮流の中で、私たちは、データと対話を通じて区政全体の価値を最大化する「経営戦略パートナー」でなければなりません。
本研修で学んだ、地方財政の歴史的文脈、業務を支える法的規律、他区の先進事例、そしてRPAや生成AIといった最先端のテクノロジーは、皆さんがその役割を果たすための強力な武器となります。これらの知識を駆使し、客観的な分析能力という「科学」と、人間関係を構築し合意形成を図る「芸術」を兼ね備えることで、区民の未来を豊かにするための最適な資源配分を実現するという、誇り高い使命を全うすることができるはずです。
予算査定の仕事は、決して華やかではなく、時には他部署との厳しい対立も経験する、困難な道のりかもしれません。しかし、その一つひとつの判断が、区民の生活を支え、子どもたちの未来を創り、この街の持続可能性を確かなものにしています。
常に学び続け、変化を恐れず、全体の奉仕者としての高い倫理観を持って、誠実に職務にあたってください。皆さんの日々の真摯な努力が、必ずやより良い区政、そしてより良い社会へと繋がっていくことを信じています。