宿泊税制度のパラダイムシフト
はじめに
※本記事はAIが生成したものを加工して掲載しています。
※各施策についての理解の深度化や、政策立案のアイデア探しを目的にしています。
※生成AIの進化にあわせて作り直すため、ファクトチェックは今後行う予定です。
※掲載内容を使用する際は、各行政機関の公表資料を別途ご確認ください。
エグゼクティブサマリー
現在の日本の観光行政、とりわけ東京都およびその特別区(23区)を取り巻く環境は、かつてない変革の時を迎えています。インバウンド需要の爆発的な回復と円安基調を背景に、観光客数はコロナ禍前の水準を超え、地域経済に多大な恩恵をもたらしています。しかし一方で、オーバーツーリズム(観光公害)による混雑、ゴミ問題、騒音、そして治安への不安など、住民生活への負荷(負の外部性)が看過できないレベルに達しており、行政に対する住民からの対策要求は日増しに強まっています。
こうした状況下で、自治体財政の在り方も大きな転換点を迎えています。これまでの「観光振興のための財源確保」という牧歌的な段階から、「都市機能を維持し、住民生活を守るためのコスト負担」を求める段階へと移行しています。その象徴が「宿泊税」の見直し議論です。東京都が検討を進める「定額制から定率制(3%)への移行」や、京都市が決定した「最大1泊1万円」という野心的な税率改定は、単なる増税ではなく、観光先進国としての「受益者負担の適正化」および「高付加価値化への対応」を意味します。
本記事では、東京都特別区の職員の皆様が、今後の政策立案や東京都との調整、あるいは独自税の検討を行うにあたり不可欠となる情報を網羅的に整理しました。なぜ今、制度改正が必要なのか。先行する京都市や北海道倶知安町(ニセコエリア)の事例は何を示唆しているのか。そして、現場である「特別区」はどのようにこの潮流に乗り、住民福祉の向上につなげるべきか。客観的なデータと歴史的経緯、そして最新の議論に基づき、実務に直結する論考を展開します。
宿泊税の概念定義と行政における現代的意義
法定外目的税としての基本構造と法的根拠
宿泊税は、地方税法に基づき、自治体が条例を定めて独自に課税できる「法定外目的税」の一種です。日本の地方税体系において、地方団体が課税できる税目は法律で定められていますが(法定税)、地方分権一括法等の施行により、自治体が地域の実情に応じて独自の税目を設けることが可能となりました。宿泊税はこの仕組みを活用した代表的な事例です。
これは、特定の事業(観光振興など)に要する費用に充てるために設けられる税であり、使途が限定されている点において、一般財源となる「法定外普通税」とは明確に区別されます。導入にあたっては、総務大臣の同意が必要となりますが、特定の自治体における観光需要の高さや、観光客の受け入れに伴う行政コスト(インフラ整備、清掃、救急搬送、案内所の運営など)の増大を理由として、多くの自治体で導入が進んでいます。課税客体は「宿泊者」であり、徴収方法は宿泊施設事業者が宿泊代金に上乗せして徴収し、自治体に納入する「特別徴収」の形式をとるのが一般的です。
総務省の資料によれば、法定外目的税として宿泊税を導入している、あるいは検討している自治体は年々増加しており、地方分権の時代において、自治体が自らの判断で財源を確保する有力な手段として定着しつつあります。特に、観光客は当該自治体に住民票を持たないため、住民税を負担しません。そのため、彼らが利用する公共サービス(道路、公園、警察、消防等)のコストを、受益者負担の原則に基づき負担してもらうというロジックは、租税理論上も高い正当性を持ちます。
導入の背景:観光財源の不足と行政コストの増大
宿泊税導入の最大のドライバーは、「観光客の増加に伴う行政コスト」と「既存税収」の構造的なミスマッチです。観光客は地域にお金を落としますが、その消費税の一部が地方消費税として還流されるまでにはタイムラグがあり、かつその額は必ずしも観光対策費を賄うに十分ではありません。一方で、観光客が滞在中に利用する道路、公園、公衆トイレ、ゴミ処理、消防・救急サービスなどは、すべて地元住民が納めた税金によって維持されています。
東京都の事例を見ますと、令和6年度(2024年度)の当初予算において、観光産業振興費として約306億円が計上されています。これに対し、現行の宿泊税による税収は69億円にとどまっており、そのカバー率はわずか約22%に過ぎません。残りの約237億円は、都民の税金(一般財源)から持ち出されている計算になります。この「一般財源からの持ち出し」構造は、観光客数が一定の範囲内であれば「地域経済への波及効果」として許容されてきました。しかし、インバウンドが急増し、行政サービスへの負荷が限界に近づく中で、住民サービスの質を低下させないためにも、受益と負担の均衡を図る「受益者負担の原則」に基づく財源確保が急務となっているのです。
特に、2025年時点での議論においては、インバウンドの急増による行政コストの増大が顕著です。清掃業務の頻度増加、多言語対応スタッフの配置、Wi-Fi整備、そして災害時の避難誘導体制の構築など、観光地としての質を維持するためのコストは年々上昇しています。これらを住民税だけで賄うことは、住民の理解を得られにくい状況になってきています。
政策目的の変遷:プロモーションからデスティネーション・マネジメントへ
かつて、宿泊税の主な使途は「観光プロモーション」でした。いかに多くの観光客を呼ぶか、という誘客キャンペーンに資金が投じられてきました。これは「観光立国」を目指す初期段階においては合理的な判断でした。しかし、現在のフェーズは明らかに異なります。多くの都市、特に東京や京都においては、誘客そのものよりも、来訪した観光客をいかに管理し、満足度を高めつつ、住民生活との調和を図るかという「デスティネーション・マネジメント」が最重要課題となっています。
現在の宿泊税の使途として求められているのは以下のような分野です。
- 受入環境整備:
Wi-Fi整備、多言語対応サインの設置、公衆トイレの洋式化・高機能化、キャッシュレス決済の普及支援。 - 混雑対策:
観光地におけるリアルタイムの混雑状況配信、分散化誘導のためのルート案内、臨時バスの運行支援。 - マナー啓発:
路上喫煙防止パトロール、民泊利用のルール周知、ゴミの持ち帰り啓発、文化財保護のための監視体制。 - 文化財保護:
観光客の過度な集中による文化財の毀損防止、修復費用の補助。 - 防災・安全:
災害時における外国人観光客への情報提供システム、避難所の整備。 このように、現在の宿泊税は「呼ぶための税」から「管理し、守るための税」へとその性質を大きく変えています。特別区においても、繁華街の清掃活動や放置自転車対策、夜間の防犯パトロールなど、観光客の増加に直結する地道な行政サービスへの財源充当が強く求められています。これは、住民にとっての「生活の質の防衛」と、観光客にとっての「体験価値の向上」を両立させるための唯一の解とも言えます。
国内外における宿泊税の歴史的変遷と導入経過
東京都による日本初の導入(2002年)とその設計思想
日本の宿泊税の歴史は、2002年(平成14年)10月、当時の石原慎太郎都知事の強力なリーダーシップの下、東京都が全国に先駆けて導入したことに始まります。当時、バブル崩壊後の財政再建と並行して、都市としての魅力を高めるための財源が必要とされていました。
当時の制度設計は、徴収の簡便さと納税者の理解を優先し、極めて簡素な「定額制」が採用されました。
- 1人1泊 10,000円以上 15,000円未満:
100円 - 1人1泊 15,000円以上:
200円 - 10,000円未満:
課税免除 この制度は、当時の宿泊料金相場やビジネスホテルの価格帯、および宿泊事業者の事務負担を考慮して設計されたものであり、長らく日本の宿泊税の「事実上の標準(デファクトスタンダード)」として機能してきました。この段階では、1万円未満の宿泊が免税とされたことで、修学旅行生や低価格帯のビジネス利用などへの配慮がなされており、制度導入時の摩擦を最小限に抑える工夫が見られました。大阪府や京都市、金沢市なども、当初はこの東京都の「定額制」モデルをベースに制度を構築していきました。
京都市による制度の深化と「定額制」の限界の露呈
状況が大きく変化したのは、2010年代後半からのインバウンドブーム、そしてコロナ禍を経た2020年代半ばです。世界的なインフレと円安により、日本の宿泊料金はかつてない水準まで高騰しました。特に外資系高級ホテルやラグジュアリー旅館では、1泊10万円、20万円、あるいは100万円を超える客室も珍しくなくなりました。
ここで生じたのが「税負担の逆進性」という公平性の問題です。
- ケースA:
1泊15,000円のビジネスホテルに泊まる客の税負担は200円であり、負担率は約1.3%です。 - ケースB:
1泊200,000円のラグジュアリーホテルに泊まる客の税負担も、現行制度(上限)では200円であり、その負担率はわずか0.1%に過ぎません。 高額なサービスを享受し、より大きな担税力を持つ富裕層の実質的な負担率が極端に低くなるという現象が発生しました。これは税の公平性の観点から問題視されるようになり、また、オーバーツーリズム対策に巨額の費用を要する京都市などの自治体にとっては、本来得られるはずの財源を逸失している状態でもありました。これに対応するため、京都市などは段階的に上限を引き上げる措置を講じてきましたが、定額制の枠組みの中での微修正では限界があり、抜本的な見直しが求められるようになりました。
北海道倶知安町における「定率制」へのパラダイムシフト
この「定額制の限界」に対して、全く異なるアプローチで風穴を開けたのが、北海道倶知安町(くっちゃんちょう)です。国際的なスノーリゾートであるニセコエリアを擁する同町では、海外富裕層向けの高級コンドミニアム開発が進み、1泊数十万円という宿泊施設が増加しました。これに対し、定額制では十分な財源確保と負担の公平性が保てないとして、宿泊料金の一定割合(2%)を徴収する「定率制」の導入にかじを切りました。
倶知安町が総務省に提出した協議書によれば、多くの観光客を受け入れるための体制づくりを進めてきたものの、地域業者からのヒアリングやアンケート結果から、観光客の域内交通の不便さ、環境保護、治安悪化への不安、観光人材の育成といった課題が顕在化していることが示されました。一方で、一般財源においては、高齢化社会を迎えた中で社会保障費などが増大し、観光対策に使用できる財源は限られているという窮状が訴えられました。
倶知安町の主張は、税収を観光施策の充実に充てることは、国の「観光立国推進基本計画」や「明日の日本を支える観光ビジョン」における受益者負担による追加的財源確保の方針と合致する、というものでした。この主張は認められ、日本における宿泊税制度に「定率制」という新たな選択肢をもたらしました。これは、宿泊料金の上昇に比例して税収が自然増となるため、インフレや高付加価値化に強い税制と言えます。
主要自治体における現状データと制度設計の分析
東京都の制度改正案:定率制への移行と財源確保の試算
東京都は現在、2002年の導入以来となる抜本的な制度改正を検討しており、2025年12月時点で報道されている改正案は、これまでの宿泊税の常識を覆す内容となっています。
改正の骨子と狙い
東京都が提示している見直し案(素案)のポイントは以下の3点に集約されます。
- 課税方式の変更:
従来の「定額制(最大200円)」から、宿泊料金の「3%」を一律に徴収する「定率制」へ移行する案が有力です。これは倶知安町モデルの適用拡大版と言えます。 - 免税点の引き上げ:
課税免除となる基準を、現行の「1万円未満」から「1万3千円未満」へ引き上げる方針です。これは、ビジネス利用や修学旅行生などへの経済的配慮に加え、近年の宿泊費相場の上昇(インフレ)を反映させたものです。 - 課税対象の拡大:
これまで対象外となるケースもあった「民泊」や「簡易宿所」も明確に課税対象へ含める方向です。これにより、捕捉率を向上させるとともに、民泊利用者にも応分の負担を求める公平性を担保します。
数字で見るインパクトと財政効果
この「3%」という数字は、特に高級ホテル市場において劇的な税収増をもたらします。具体的な試算を行うと以下のようになります。
- 試算A(中級ホテル):
1泊3万円の場合
現行制度:200円
新制度案:30,000円 × 3% = 900円(4.5倍の増税) - 試算B(高級ホテル):
1泊10万円の場合
現行制度:200円
新制度案:100,000円 × 3% = 3,000円(15倍の増税) - 試算C(超高級スイート):
1泊50万円の場合
現行制度:200円
新制度案:500,000円 × 3% = 15,000円(75倍の増税) 東京都の試算によれば、現在(令和6年度予算ベース)の宿泊税収は約69億円ですが、この改正により税収規模は数百億円単位に拡大する可能性があります。現在の観光産業振興費306億円に対し、宿泊税収が22%しかカバーできていないという不均衡を是正し、場合によっては観光予算の全額を宿泊税で賄い、さらに余剰分を環境対策や混雑対策に回すことも視野に入ります。東京都は2027年度中の条例施行を目指して調整を進めています。
京都市の再改定:高価格帯への課税強化と具体的料金表
京都市もまた、2026年3月1日から新たな税率区分を適用することを決定しています。京都市のアプローチは、定額制の枠組みを維持しつつも、その上限を大幅に引き上げ、階層を細分化することで実質的な負担の公平化を図るものです。
改定後の税率構造(2026年3月1日適用)
資料に基づき整理した改定後の料金表は以下の通りです。
- 宿泊料金 6,000円未満:
200円(現行据え置き) - 宿泊料金 6,000円以上 20,000円未満:
400円(現行200円から倍増) - 宿泊料金 20,000円以上 50,000円未満:
1,000円(現行500円から倍増) - 宿泊料金 50,000円以上 100,000円未満:
4,000円(現行1,000円から4倍増) - 宿泊料金 100,000円以上:
10,000円(現行1,000円から10倍増) 特筆すべきは、1泊10万円以上の富裕層向け宿泊に対し、一気に10,000円の税を課す点です。これは日本の宿泊税史上、類を見ない高額設定です。京都市内には1泊10万円を超えるラグジュアリーホテルが多数存在し、今後も開業が予定されています。この層から確実に徴収することで、市民生活を守るための財源を確保する狙いがあります。
大阪府の現状データ:ボリュームゾーンによる税収の下支え
大阪府の宿泊税収も回復基調にあり、令和5年度(2023年度)決算見込みでは過去最高となる52億円を見込んでいます。大阪府のデータ分析から得られる重要な示唆は、税収を支えているのがどの層かという点です。
大阪府の宿泊料金別宿泊人数の内訳(令和5年度決算見込みベース)を見ると、以下の傾向が顕著です。
- 5,000円未満:
約166万人(構成比 7.15%) - 5,000円以上 10,000円未満:
約785万人(構成比 33.80%) - 10,000円以上 20,000円未満:
約1,233万人(構成比 53.09%) このように、1万円〜2万円未満の中価格帯の層が全体の過半数を占めており、ここからの税収が安定財源の基盤となっています。富裕層への課税強化が注目されがちですが、制度設計においては、このボリュームゾーンへの課税をどう設定するか(免除するのか、薄く広く取るのか)が、税収総額に決定的な影響を与えることが分かります。
政策立案に向けた論点整理:定額制対定率制
特別区の職員が制度を検討、あるいは東京都と協議する際、最大の論点となるのが「定額制か、定率制か」という選択です。それぞれのメリット・デメリットを整理します。
定額制のメリットとデメリット
- 事務負担の軽減:
計算が単純であり、宿泊事業者にとってもシステム改修やフロント業務の負担が比較的少ない。 - 予見可能性:
宿泊客にとって税額があらかじめ明確であり、分かりやすい。 - 税収の安定:
宿泊料金の変動(シーズナリティによる価格変動)の影響を受けにくく、宿泊客数さえ安定していれば税収予測が容易。 - 逆進性の問題:
前述の通り、高額宿泊者ほど負担率が低くなる。 - インフレ非対応:
宿泊料金が上昇しても税額は固定であるため、実質的な税収価値が目減りする。改定には条例改正が必要。
定率制のメリットとデメリット
- 公平性の確保:
宿泊料金に応じた負担となるため、垂直的公平性が高い。 - 税収の弾力性:
インフレや高付加価値化(単価上昇)に伴い、自然に税収が増加する。条例改正なしに経済成長の果実を税収に取り込める。 - 政策的な整合性:
高級化路線を目指す観光政策と財源確保がリンクする。 - 事務負担の増大:
クーポン利用後の金額に対する課税か、利用前かなど、課税標準の算定が複雑になる場合がある。また、1円単位の端数処理などのシステム対応が必要。 - 税収の変動リスク:
景気後退やデフレ局面では、宿泊客数が減らなくても単価下落により税収が減少するリスクがある。 現在のトレンドは、東京都や倶知安町の動きに見られるように、明らかに「定率制」へとシフトしています。これは、行政コストの上昇(人件費や資材費の高騰)に対応するためには、税収もまたインフレスライドする仕組みが不可欠であるという判断に基づいています。
東京都特別区(23区)が直面する構造的課題と示唆
「都が集め、区が負担する」構造的ジレンマ
東京都特別区特有の課題として、都区制度における財源と事務配分のねじれがあります。現在、東京都の宿泊税は「都税」として徴収されています。しかし、実際に観光客が滞在し、大量のゴミを出し、夜間の騒音を引き起こし、救急車を呼び、道路を摩耗させているのは、新宿区、渋谷区、台東区、港区といった「特別区」の現場です。
新宿区の吉住区長は議会において、「ゴミが増えるのであれば宿泊税とか、財源が必要である」といった趣旨の発言を行っています。これは現場を預かる首長としての切実な叫びです。現状の仕組みでは、宿泊税収は一度東京都に入ります。もちろん、都区財政調整制度を通じて一定程度は区に配分される建前ですが、それは一般財源としての調整であり、「観光客対応コスト」として紐付きで配分されるわけではありません。
ここに、「現場の負担(区)」と「財源の徴収(都)」の不一致、いわゆる垂直的インバランスが存在します。都が税率を3%に引き上げ、数百億円規模の増収を得た場合、その配分を巡って都区間での調整が不可欠となります。もし都が増収分を広域的な観光振興(例えば島嶼部や多摩地域のプロモーション)ばかりに使い、23区内の清掃や安全対策に回さなければ、特別区の住民は「被害だけ受けてメリットがない」という不満を抱くことになります。
特別区長会の要望と政治的動向
こうした背景から、特別区長会は東京都に対し、令和7年度の予算要望等を通じて強く働きかけを行っています。要望の主要な論点は、「都区財政調整制度の枠組みとは別に、宿泊税収の実質的な区への配分を拡充すること」や「区が独自に実施する観光公害対策への財政支援」です。
また、一部には特別区独自で「法定外税」としての宿泊税(または類似の税)を導入すべきという議論も潜在的に存在します。しかし、同じ課税標準(宿泊行為)に対して都税と区税を二重にかけることは、納税者(宿泊客)の反発や徴収事務の煩雑さを招くため、ハードルが高いのが現実です。したがって、現実的な政治的落とし所としては、「都税の大幅増税を容認する代わりに、その増収分の一定割合を交付金として特別区に還流させる」というバーター取引が最も合理的かつ蓋然性の高いシナリオとなります。
行政職員への具体的な政策立案の示唆
以上の状況を踏まえ、特別区の行政職員がとるべき具体的なアクションを提案します。
「被害」と「コスト」の定量化(エビデンスの構築)
東京都との交渉において最も強力な武器はデータです。「大変だ」という定性的な訴えではなく、以下の数値を算出する必要があります。
- 清掃コスト:
観光客が多いエリア(繁華街)と住宅地の単位面積あたりのゴミ収集量の差、および清掃委託費の経年推移。 - 救急出動:
宿泊施設からの救急要請件数、外国人傷病者の搬送件数とそれに要したコスト。 - 苦情件数:
保健所や環境課に寄せられる民泊関連の苦情件数、騒音通報件数。 これらを「観光客対応係数」として係数化し、都からの財源配分ロジックの根拠とします。
独自事業のパッケージ化と提案
「お金をください」ではなく、「この課題を解決するためにこの事業をやるので、財源をつけてください」という事業ベースの提案が有効です。
- 提案例A(環境):
繁華街における早朝・深夜の特別清掃チームの編成と、スマートゴミ箱(圧縮機能・通信機能付き)の設置。 - 提案例B(安全):
繁華街における「観光アンバサダー兼セキュリティガイド」の配置。制服を着たスタッフが案内と注意喚起を行う。 - 提案例C(分散):
区内のマイナーな観光スポットへの回遊を促すためのデジタルスタンプラリーや、コミュニティバスの観光ルート化。
期待される政策効果と具体的活用イメージ
宿泊税財源を有効活用することで、どのような政策効果が期待できるか、先行事例(京都市等)を参考に具体化します。
混雑の「見える化」と行動変容の誘導
京都市では、観光振興基金を活用して「京都観光Navi」において時間帯別の観光快適度予測や、ライブカメラによるリアルタイム映像の公開を行っています。
- 具体的施策:
ポータブルライブカメラを混雑地点(バス停、タクシー乗り場等)に設置し、YouTube等で配信。また、AIが過去のデータから混雑を予測し、「この時間は空いています」と推奨する。 - 期待される効果:
観光客が自律的に空いている時間や場所を選ぶようになり、ピークカットが実現する。これにより、住民がバスに乗れないといった事態を緩和できる。
「手ぶら観光」の推進による交通負荷軽減
大きなスーツケースを持った観光客が路線バスや電車を占拠することは、住民の不満の大きな要因です。
- 具体的施策:
駅やバスターミナルでの手荷物預かり所の増設補助、宿泊施設までの「手ぶら配送」の割引・無料化キャンペーンへの助成。 - 期待される効果:
公共交通機関の混雑緩和と、車内トラブルの減少。観光客にとっても身軽に動けることで消費機会が増大する。
市民生活と観光の調和(住んでよし、訪れてよし)
最も重要なのは、住民への還元です。
- 具体的施策:
宿泊税収の一部を財源とした、プレミアム付き商品券の発行(住民・観光客双方が利用可)、地域の祭礼や伝統行事への補助金増額、公衆トイレの改修・維持管理。 - 期待される効果:
「観光客のおかげで街が綺麗になった」「祭りが盛大になった」という実感を持ってもらうことで、観光に対する住民の許容度(受容力)を高める。
課題・次のステップと行政職員への提言
宿泊事業者との合意形成とシステム改修
東京都が目指す「3%定率制」への移行は、宿泊事業者にとって大きな負担となります。特に中小のホテル・旅館では、PMS(宿泊管理システム)や自動精算機の改修に数百万円単位のコストがかかる場合もあります。
- 次のステップ:
条例改正から施行までの十分な周知期間(リードタイム)の確保が必要です。東京都は2027年度施行を目指していますが、特別区としても、区内の事業者向けに独自の説明会を開いたり、システム改修費用の補助制度(都の制度の隙間を埋めるもの)を検討したりすることが、円滑な導入の鍵となります。
修学旅行生や社会的弱者への配慮
免税点が1万3千円に引き上げられる方向ですが、昨今のホテル代高騰により、修学旅行でもこの額を超えるケースが出てきています。教育旅行としての意義を鑑み、学校行事については完全免税とする運用ルールの明確化や、手続きの簡素化(学校長証明の電子化など)が求められます。
納税者(観光客)への説明責任(アカウンタビリティ)
増税に対して観光客からの反発を招かないためには、「納得感」が不可欠です。
- 提言:
宿泊施設の客室やフロントに、多言語で「皆様から頂いた宿泊税は、この街の美化と安全、そして皆様の快適な滞在のために使われています」というメッセージカードを設置することを義務付ける、あるいは推奨する取り組みが有効です。QRコードから具体的な使途(新しいトイレやWi-Fiなど)が見えるWebサイトに誘導する仕掛けも考えられます。
まとめ
本記事では、激変する宿泊税の現状と、東京都特別区がとるべき戦略について、多角的な視点から詳細に論じてきました。
第一に、宿泊税の制度設計は歴史的な転換点にあります。かつての「定額・薄く広く」というモデルから、倶知安町や東京都が志向する「定率・受益に応じた負担」や、京都市が導入する「高額宿泊者への課税強化」へと、そのパラダイムは明確にシフトしています。これは、観光が高付加価値化し、同時に行政コストが増大する中で、財政的な持続可能性を担保するための必然的な進化と言えます。
第二に、この変化の背景には、インバウンド需要の回復とオーバーツーリズムという現実的な課題があります。東京都において、観光産業振興費306億円に対し宿泊税収が69億円にとどまるという数字は、これまでの一般財源持ち出し型の限界を如実に示しており、受益者負担の原則に基づく増税は不可避な流れとなっています。
第三に、特別区の立場としては、この増税の機を捉え、都区財政調整制度の枠組みを超えた実質的な財源確保を成し遂げる必要があります。現場で発生しているゴミ処理、救急搬送、混雑対策といった「負の外部性」を定量的なデータとして可視化し、都税として吸い上げられた財源が、確実に現場(区)に還流されるロジックを構築することが、職員の皆様に求められる最大のミッションです。
最後に、獲得した財源は、単なるイベント開催や一過性のプロモーションに費やすべきではありません。京都市の先行事例に見られるように、「混雑の分散」「手ぶら観光の推進」「住民生活環境の保全」といった、住民と観光客双方がメリットを享受できるインフラ・ソフト事業へ重点的に投資することで初めて、観光は「迷惑なもの」から「地域を豊かにするもの」へとその価値を取り戻すことができます。2027年度の制度改正に向け、今まさに政策立案の好機が訪れています。本記事が、現場で奮闘される自治体職員の皆様の羅針盤となることを願ってやみません。
