07 自治体経営

【財政課】財政健全化 完全マニュアル

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はじめに

※本記事はAIが生成したものを加工して掲載しています。
※生成AIの進化にあわせて作り直すため、ファクトチェックは今後行う予定です。

財政健全化の意義と財政課の役割

なぜ財政健全化が求められるのか

 財政健全化とは、単なる経費削減や緊縮財政を意味するものではありません。それは、少子高齢化の進展や社会保障費の増大といった構造的な歳出圧力、そして老朽化する社会資本の更新という厳しい経営環境の中で、限られた経営資源(人材・財源・資産)を戦略的に最適配分し、現在および将来の住民福祉を最大化するための、持続可能な自治体経営そのものです。財政課職員として、我々がなぜこの困難な課題に取り組むのか、その根源的な意義を深く理解することが全ての業務の出発点となります。

 財政健全化が達成された先に、住民と地域社会が享受できる具体的な価値は多岐にわたります。

  • 持続可能で質の高い行政サービスの享受: 財政の健全性は、福祉、教育、防災といった区民生活に不可欠なサービスが、財政難を理由に突如として削減・縮小されることなく、長期にわたり安定的に提供されることを保証します。これは、区民が安心して暮らし続けるための基盤です。
  • 世代間の公平性の確保: 現在の行政コストを賄うために安易に地方債(借金)に依存することは、その負担を将来世代に先送りすることを意味します。財政健全化は、こうした未来への負担転嫁を避け、現在世代と将来世代との間での負担の公平性を担保する極めて重要な責務です。
  • 計画的な社会資本整備の実現: 健全な財政基盤があってこそ、高度経済成長期に整備された道路、橋梁、学校、公共施設といったインフラの戦略的な更新・維持管理が可能となります。事後保全から予防保全へと転換することで、ライフサイクルコストを大幅に削減し、地域社会の安全性と活力を未来にわたって支えることができます。
  • 財政的信認の維持と地域経済の安定: 健全な財政状況は、特別区の信用力を高め、低利かつ安定的な資金調達を可能にします。これは、ひいては地域経済全体の安定にも寄与する、目に見えにくいですが重要な効果です。
  • 政策的裁量の確保: 公債費(借金の返済)のような義務的経費の割合が財政を圧迫すると、新たな行政ニーズ、例えばパンデミックや大規模災害、新規の社会課題への対応が著しく困難になります。財政健全化によって硬直的な経費を抑制することは、こうした不測の事態に柔軟に対応できる政策的な余地、すなわち「裁量」を確保することに直結します。
  • 中長期的視点に立った計画的な行政運営: 安定した財政見通しは、場当たり的な単年度の予算管理から脱却し、5年、10年先を見据えた長期的な計画の策定と着実な実行を可能にします。未来の住民に対する責任を果たすための羅針盤となるのです。

自治体経営の中枢としての財政課

 財政課の役割は、単なる会計処理や予算の執行管理に留まるものではありません。一言で定義するならば、それは「自治体の経営戦略室」です。首長のビジョンや地域が抱える多様な課題を、限られた財源の中でいかにして実現可能な政策・事業へと具体化し、持続可能な行政サービスとして未来へ繋いでいくか。その全体設計と進行管理を担う、まさに自治体経営の中枢と言えるでしょう。日々の業務は多岐にわたりますが、その核心には常に「未来への投資の最適化」という視点が存在します。

 財政課が担う中核的な機能は、以下の三つに大別されます。

  • 予算の編成: 自治体が行う翌年度一年間の全ての活動を、歳入の見通しに基づき金銭的に計画し、文書化する、財政課の最も重要かつ象徴的な業務です。各部署から提出される事業計画とその経費要求(予算要求)を一つひとつ精査し、区税や特別区交付金などの歳入見通しと照らし合わせ、限られたパイを最適に配分します。全ての要望を叶えることは不可能であるからこそ、どの事業が区民にとってより優先度が高いのか、費用対効果は見合うのかを客観的に判断し、行政サービス全体の質を最大化する重責を負っています。この予算編成が、翌年度の道路整備、福祉サービスの提供レベル、職員の採用数まで、区民生活に直結するあらゆる活動の根幹を決定づけます。
  • 財政計画の策定: 単年度の予算編成だけでなく、5年、10年といった中長期的な視点で自治体の財政運営を見通し、計画を立てる業務です。将来の人口動態や社会保障費の増大、大規模な公共施設の更新時期などを予測し、将来にわたって財政が破綻しないよう、安定的な運営の舵取りを行います。この計画があるからこそ、自治体は目先の課題対応に追われるだけでなく、次世代のための学校建設や防災インフラの整備といった、息の長い大規模プロジェクトを計画的に実行できるのです。
  • 地方債の管理: 学校、道路、庁舎といった大規模な公共施設は、建設時に巨額の費用を要し、かつ数十年にわたって利用されます。こうした施設の建設費を、建設した年度の税収だけで賄うのは非現実的であり、その年度の住民に過大な負担を強いることになります。そこで、金融機関などからの長期の借入金である「地方債」を発行し、施設の便益を享受する将来世代にも費用を分担してもらうことで、「世代間の負担の公平」を実現します。財政課は、どの事業に地方債を充当すべきかを計画し、金融機関と交渉し、着実な返済計画を管理する役割を担います。

 これらの業務を遂行する上で不可欠なのが、他部署との連携と円滑なコミュニケーションです。予算査定の場面では、事業担当課と財政課が対峙する構造になりがちですが、これは敵味方に分かれて予算を奪い合う戦場ではありません。事業課の持つ専門知識や現場のニーズと、財政課の持つ全庁的な視点や財政的な制約を突き合わせ、共に最適解を見出すための協働作業であるという認識を持つことが、質の高い予算案の作成に繋がります。

地方財政の歴史的変遷と現代的課題

 現代の地方財政が抱える課題を深く理解するためには、その制度が構築されてきた歴史的背景を知ることが不可欠です。現在の制度は、過去の様々な改革や経済状況の変化の積み重ねの上に成り立っており、その文脈を理解することで、日々の業務の背後にある論理を把握することができます。

  • 近代地方財政制度の黎明期から戦後改革へ: 日本の近代的な地方税制度は、1878年(明治11年)の「地方三新法」によってその原型が作られました。しかし、戦前の地方財政は国への依存度が高く、自主性は限定的でした。大きな転換点となったのが、第二次世界大戦後のシャウプ勧告に基づく税財政改革です。この改革により、国税と地方税の体系が整理され、地方自治体が担うべき行政サービスとその財源を保障するための仕組みとして「地方財政平衡交付金」、後の「地方交付税」制度が創設されました。これは、全国どこに住んでいても一定水準の行政サービスを受けられるように、地方間の税源の偏在を是正することを目的とした、世界的に見ても先進的な制度でした。
  • 高度経済成長期とインフラ整備: 1960年代から70年代にかけての高度経済成長期には、税収が大幅に増加し、その豊富な財源を背景に、全国で道路、学校、公営住宅といった社会資本(インフラ)の整備が急速に進みました。この時期のインフラ整備の多くは、地方債の発行によって賄われました。現在、我々が直面している公共施設の老朽化問題は、この時代に集中的に整備されたインフラが一斉に更新時期を迎えていることに起因します。
  • 三位一体の改革とその影響: 2000年代前半、地方分権を推進する大きな流れの中で「三位一体の改革」が断行されました。これは、①国庫補助負担金の廃止・削減、②国から地方への税源移譲、③地方交付税の見直し、を一体的に行う改革でした。改革の理念は、国の関与(ひも付き補助金)を減らし、地方が自らの判断と責任で自由に使える一般財源を増やすことで、地域の自主性を高めることにありました。しかし、現実には国庫補助負担金と地方交付税の削減額に対して税源移譲が十分でなく、多くの地方自治体、特に税収基盤の弱い地域では、実質的な財源が減少するという厳しい結果を招きました。この改革は、地方自治体がより一層、自律的な財政運営と自主財源の確保に努める必要性を浮き彫りにしました。
  • 現代の構造的課題: そして今、我々が直面しているのは、これまでの歴史の帰結ともいえる複合的かつ構造的な課題です。
    • 人口減少・超高齢社会: 担税力のある生産年齢人口が減少し、税収の伸びが期待できない一方で、高齢化の進展により医療や介護に関連する扶助費は増大の一途をたどっています。
    • 公共施設の老朽化: 高度経済成長期に整備されたインフラが一斉に更新時期を迎え、その対策には莫大な費用が見込まれます。
    • 新たな行政需要: デジタル化の推進(DX)、気候変動対策、頻発・激甚化する自然災害への備えなど、新たな行政需要は増え続けています。

 これらの歴史的経緯を理解することは、財政課職員にとって極めて重要です。なぜなら、現在の財政構造は、こうした歴史的背景から生まれた複雑な制度の集合体だからです。例えば、地方交付税や都区財政調整制度の複雑な算定ルールは、税源の偏在を是正するという戦後改革以来の思想が根底にあります。三位一体の改革の経験は、国と地方、そして都と区の財政関係がいかに密接に連動しているかを教えてくれます。単に目先の予算を調整するだけでなく、こうした大きな構造の中で自区の財政をどう舵取りしていくかという大局的な視点を持つために、歴史への理解は不可欠な素養なのです。

財政状況を客観的に把握する:法的根拠と健全化判断比率

地方公共団体財政健全化法の概要

 地方自治体の財政状況を客観的かつ統一的な基準で評価し、問題が深刻化する前に早期の是正を促す仕組みとして、2009年(平成21年)4月に全面施行されたのが「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」、通称「財政健全化法」です。この法律の登場により、地方財政の運営は、各団体が自主的に財政規律を確保する新たな時代へと移行しました。財政課職員は、この法律の趣旨と内容を正確に理解し、自区の財政状況を常に客観的な指標で把握・説明できる能力が求められます。

 財政健全化法は、それ以前の財政再建制度が持っていた課題を克服するために、いくつかの画期的な視点を導入しました。

  • 連結ベースでの財政状態の把握: 一般会計だけでなく、公立病院や上下水道事業といった公営企業会計、さらには一部の第三セクター等まで含めた「連結」での財政状況を明らかにします。これにより、一般会計は黒字でも公営企業が多額の赤字を抱えているといった、自治体全体の財政リスクを見逃すことがなくなりました。
  • 客観的基準による判断: 財政状況の悪化を判断するための客観的な数値基準として、後述する4つの「健全化判断比率」を導入しました。これにより、どの団体も同じ「ものさし」で財政の健全度を測ることが義務付けられました。
  • 早期是正機能の導入: 財政が著しく悪化してから対応するのではなく、その前段階で警告を発し、自主的な改善を促す「早期健全化」の仕組みを導入しました。健全化判断比率のいずれかが「早期健全化基準」以上となった場合、その団体は議会の議決を経て「財政健全化計画」を策定し、計画的な改善に取り組む義務を負います。
  • ストック情報(負債)の重視: 単年度の収支(フロー)だけでなく、地方債残高や将来支払うべき退職手当など、将来世代の負担となる負債(ストック)の状況まで管理対象を拡大しました。

 地方公共団体は、毎年度、決算に基づき健全化判断比率を算定し、監査委員の審査を経た上で議会に報告し、住民に公表することが義務付けられています。これは、財政運営における透明性と説明責任を徹底するための重要なプロセスです。

健全化判断比率の詳解

 財政健全化法では、地方公共団体の財政状況を多角的に評価するため、以下の4つの指標を「健全化判断比率」として定めています。これらの指標は、いわば自治体の「健康診断」の結果であり、それぞれの数値が何を示しているのかを正しく理解することが、財政分析の第一歩となります。

  • 1. 実質赤字比率 (Real Deficit Ratio):
    • 概要: 地方公共団体の会計の中で最も中心的である一般会計等(普通会計)における、実質的な赤字額が、その団体の標準的な財政規模に対してどの程度の割合になるかを示す指標です。この比率が高いほど、その年度の財政運営が深刻な赤字であったことを意味します。
  • 2. 連結実質赤字比率 (Consolidated Real Deficit Ratio):
    • 概要: 一般会計等だけでなく、国民健康保険や介護保険などの特別会計、上下水道や病院などの公営企業会計まで含めた、自治体の全ての会計を連結した実質的な赤字額の大きさを示す指標です。この比率が赤字である場合、問題が一般会計に留まらず、自治体全体の経営に及んでいることを示唆します。
  • 3. 実質公債費比率 (Real Debt Service Ratio):
    • 概要: 自治体の収入(標準財政規模)のうち、借入金(地方債)の返済に充てられている金額の割合を示す、財政構造の硬直度を測る重要な指標です。この比率は過去3年間の平均値で示され、高いほど自由に使える財源が少なく、政策的な裁量が失われている状態を意味します。家計に例えれば、年収に占める住宅ローンなどの年間返済額の割合に相当します。
  • 4. 将来負担比率 (Future Liability Ratio):
    • 概要: 地方債残高だけでなく、職員の退職手当引当金、第三セクター等への損失補償など、現時点で抱えている将来支払うべき負債(ストック)の総額が、財政規模に対してどの程度の大きさかを示す指標です。この比率が高い場合、たとえ現在の収支が黒字であっても、将来的に財政を圧迫するリスクが高いことを警告しています。

 これらの比率には、それぞれ「早期健全化基準」と、さらに深刻な「財政再生基準」という2段階の閾値が設けられています(将来負担比率は早期健全化基準のみ)。いずれかの比率が早期健全化基準を超えると「早期健全化団体」となり、自主的な財政健全化計画の策定が義務付けられます。財政再生基準を超えると「財政再生団体」となり、国の同意を得た上で財政再生計画を策定し、国の関与のもとで、より抜本的な再建に取り組むことになります。これは、事実上の財政破綻状態を意味します。

東京都特別区における財政状況の分析

 東京都特別区の財政を分析する上で、他の市町村と根本的に異なる、極めて重要な制度が「都区財政調整制度」です。この制度の理解なくして、特別区の財政健全化を語ることはできません。

  • 都区財政調整制度の仕組みと意義
    • 概要: 23区の区域は、人口や産業が高度に集積する大都市としての一体性を確保するため、本来市町村税である固定資産税、市町村民税法人分、特別土地保有税(これらを「調整三税」と呼びます)を、東京都が一括して賦課徴収しています。そして、その税収と法人事業税交付対象額などを合算した額の一定割合(令和7年度から56%)を、各区の財政需要に応じて配分します。この交付金が「特別区財政調整交付金」です。
    • 目的: この制度には二つの大きな目的があります。第一に、都と特別区の事務分担に応じた財源の配分(都区間の調整)、第二に、特別区相互間の財源力の格差を是正し、どの区でも標準的な行政サービスを提供できるようにすること(区相互間の調整)です。
    • 交付金の種類: 交付金は、各区の標準的な行政経費(基準財政需要額)と標準的な税収(基準財政収入額)の差額を補填する「普通交付金」と、災害などの特別な財政需要に対応する「特別交付金」から構成されます。この交付金は、使途が特定されない一般財源であり、各区が自主的な判断で政策に活用できる重要な財源です。
  • 23区の財政比較分析:格差と依存の構造 都区財政調整制度は区間の財源調整を目的としていますが、現実には各区の財政状況には大きな格差が存在します。この「調整と格差の併存」という構造を理解することが、自区の立ち位置を客観的に把握する上で不可欠です。 例えば、オフィス街を抱え税収基盤が強固な都心区(例:千代田区、中央区、港区)は、基準財政収入額が基準財政需要額を上回るため、普通交付金が交付されない「不交付団体」となることがあります。一方で、住宅地が中心で独自の税収基盤が相対的に弱い区(例:北区、葛飾区、荒川区)は、歳入の多くをこの交付金に依存する構造となっています。 この違いは、各区の財政運営戦略に根本的な影響を与えます。不交付団体は、景気変動による税収の振れ幅が大きいというリスクを抱えつつも、豊富な自主財源を背景に独自の政策を展開しやすい一方、交付金への依存度が高い団体は、より安定的な財源を確保できる半面、都区財政調整全体の動向に財政が大きく左右されることになります。 以下の表は、各区の財政状況を比較分析するための主要な指標をまとめたものです。自区の数値を23区平均や類似の特性を持つ他区と比較することで、財政上の強みや課題を客観的に把握することができます。
区名(例)財政力指数 (R5)実質公債費比率 (R5)将来負担比率 (R5)経常収支比率 (R5)交付金依存度 (R5)
新宿区0.67△2.4%算出されず80.0%17.2%
世田谷区0.683.6%算出されず80.8%11.2%
北区0.3979.8%29.4%
23区平均改善傾向76.5%
早期健全化基準25.0%350.0%(目安 70-80%)
注: 上記の数値は公表資料等から抜粋した参考値です。交付金依存度は歳入総額に占める特別区交付金の割合を指します。各指標の正確な数値は、各区が公表する決算資料や財政状況資料集をご確認ください。

財政健全化に向けた中核業務の実践

予算編成プロセス:企画から議決まで

 予算編成は、財政課が担う業務の中核であり、一年間の自治体運営の設計図を描く、長期的かつ体系的なプロセスです。この一連の流れを正確に把握し、各段階で求められる役割を的確に果たすことが、質の高い予算案の作成に不可欠です。

 当初予算の編成は、一般的に前年度の夏頃から始まり、翌年3月の定例区議会での議決を経て成立するまで、半年以上にわたります。その標準的なフローは以下の通りです。

  • 1. 準備・方針策定段階(前年度5月~10月):
    • 事業部門による検討(5月~8月): 各事業担当課では、次年度に実施したい新規事業や、見直しを行う継続事業について、情報収集や内部検討を開始します。
    • 財政部門による歳入見通し(9月~10月): 財政課は、国の経済見通しや税制改正の動向、過去の実績などを踏まえ、次年度の区税や特別区交付金、国都支出金といった歳入の全体像を見通します。
    • 首長による予算編成方針の策定・通知(9月~10月): 歳入の見通しを受け、首長が次年度の区政運営における重点課題や政策の方向性を示した「予算編成方針」を策定し、全庁に通知します。この方針が、その後の各課からの予算要求や財政課による査定の客観的な「ものさし」となります。
  • 2. 予算要求・査定段階(10月~1月):
    • 各部局からの予算要求(10月~11月): 各課は、予算編成方針に基づき、所管する事業の次年度予算要求書を作成し、財政課に提出します。要求書には、事業の目的、内容、期待される効果、そして要求額の積算根拠となる資料(見積書等)を添付することが不可欠です。
    • 財政課による予算査定(11月~12月): 予算編成プロセスにおける核心部分であり、財政課の専門性が最も発揮される段階です。財政課の担当者は、各課から提出された要求内容を精査し、事業担当者と直接対話する「ヒアリング(査定)」を実施します。このヒアリングでは、主に以下の三つの観点から、要求の妥当性を厳しく審査します。
      • 必要性 (Need): その事業は法令上の義務か。総合計画や首長の方針に沿っているか。区民のニーズは高いか。
      • 効果性 (Effectiveness): 投じる費用に見合う効果(費用対効果)が期待できるか。成果目標(KPI)は明確か。
      • 効率性 (Efficiency): より少ない経費で同様の効果を上げる方法はないか。民間委託やICT活用で効率化できないか。
    • 首長査定・予算案の決定(12月~1月): 財政課による査定結果を踏まえ、最終的に首長が全体の予算を査定し、予算案を決定します。この段階で、財政課査定で削減された事業が、政策的判断により復活することもあります。
  • 3. 議会審議・成立段階(2月~3月):
    • 予算案の議会提出・審議(2月~3月): 決定された予算案は、2月または3月に開会される定例区議会に提出され、予算特別委員会などで詳細な審議が行われます。
    • 議決・成立: 議会での議決を経て、予算は正式に成立します。これにより、4月1日からの新年度予算の執行が可能となります。

予算執行と決算:PDCAサイクルの基盤

 予算が成立すれば、財政課の仕事は終わりではありません。むしろ、計画(予算)を適切に実行し、その結果を評価して次の計画に繋げるという、財政運営におけるPDCAサイクルの「D (Do)」「C (Check)」「A (Act)」の段階が始まります。

  • 予算の適正な執行 (Do): 予算の執行とは、成立した予算に基づき、年間を通じて収入を確保し、支出を行う一連の活動です。財政課は、各課の支出が予算の範囲内で、かつ定められた目的に沿って行われているかを管理・監督します。これには、予算の配当や、科目間の予算の付け替えである「流用」の管理などが含まれます。
  • 予実管理によるモニタリング (Check): 予算執行状況を継続的に監視し、計画(予算)と実績の差異を分析する「予実管理」は、財政規律を維持する上で極めて重要です。月次や四半期ごとに各事業の執行率を確認し、進捗が遅れている事業や、逆に予算が不足しそうな事業を早期に把握します。これにより、必要に応じて補正予算の編成を検討したり、事業の見直しを促したりするなど、迅速な対応が可能になります。
  • 決算と財務書類による評価 (Check & Act): 会計年度が終了すると、その年度の歳入・歳出の実績を確定させる「決算」業務が行われます。決算は、単に一年間の収支を確定させるだけでなく、予算が計画通りに執行されたか、どのような成果が上がったかを評価し、その結果を次の予算編成や行政改革に反映させるための重要な情報源となります。 特に、財政健全化法と並行して導入が進められた「統一的な基準による地方公会計」制度は、この評価機能を飛躍的に高めました。従来の現金主義・単式簿記では見えにくかった、減価償却費などの非現金支出コストや、インフラ資産・負債といったストック情報を「見える化」する、企業会計的な財務書類の作成が全ての自治体に義務付けられたのです。これらの財務書類を分析・活用することで、より多角的で深い財政分析が可能になります。
財務書類名企業会計での対応目的分析のポイント
貸借対照表 (Balance Sheet)貸借対照表会計年度末時点での資産、負債、純資産の状況(ストック)を明らかにする。資産に占めるインフラ資産の割合は? 負債のうち地方債の割合は? 純資産は前年度から増減したか?
行政コスト計算書 (Statement of Administrative Costs)損益計算書一会計期間中の行政サービス提供にかかった全ての費用(人件費、物件費、減価償却費等)と、その見返りである収益を示す。人件費や扶助費の割合は? 減価償却費はどのくらいか(資産の老朽化度合い)? サービスの受益者負担はどの程度か?
純資産変動計算書 (Statement of Net Asset Variation)株主資本等変動計算書一会計期間中に純資産がどのような要因(税収、国都支出金、資産形成等)で増減したかを示す。純資産の増減の主な要因は税収か、それとも資産の売却か?
資金収支計算書 (Cash Flow Statement)キャッシュフロー計算書一会計期間中の現金の動きを「業務活動」「投資活動」「財務活動」の3つの区分で示す。行政サービスの提供(業務活動)で現金はプラスか? 公共施設の整備(投資活動)にどれだけ現金を使ったか? 借金の返済と借入(財務活動)のバランスは?

 これらの財務書類は、作成して公表することが目的ではありません。貸借対照表から公共施設の資産価値と老朽化の全体像を把握し、公共施設等総合管理計画の基礎データとしたり、行政コスト計算書から個々のサービスの「真のコスト」を算出し、受益者負担(使用料・手数料)のあり方を検討したりするなど、具体的な政策決定や行政改革に活用してこそ、その真価が発揮されるのです。財政課職員には、これらの財務書類を読み解き、分析し、その意味するところを分かりやすく説明する能力が強く求められています。

中長期財政計画の策定と活用

 単年度の予算編成だけでは、人口減少や公共施設の老朽化といった構造的な課題に対応することは困難です。そこで重要になるのが、複数年度(通常5年~10年)にわたる財政運営の見通しと方針を示す「中長期財政計画」です。

  • 策定の目的とプロセス: 中長期財政計画は、将来の歳入(区税、交付金等)と歳出(義務的経費、投資的経費等)を一定の前提条件のもとに推計し、将来の財政収支の姿をシミュレーションするものです。この推計に基づき、財政の健全性を維持するための方針(例:実質公債費比率を一定以下に抑える、財政調整基金残高を一定水準以上に保つ等)や、歳出規模の抑制目標などを設定します。この計画は、国の制度改正や経済情勢の変動を踏まえ、毎年の予算編成に合わせて見直し(ローリング)を行うのが一般的です。
  • 各種計画との連動: 中長期財政計画は、それ単独で存在するものではなく、自治体経営の根幹をなす他の計画と有機的に連携させる必要があります。特に、区の最上位計画である「総合計画」で掲げられた政策目標を実現するための財源的な裏付けを示す役割を担います。また、個々の事務事業の評価を行う「行政評価」の結果を計画に反映させ、効果の低い事業から高い事業へと資源を重点配分する仕組みを構築することが、EBPM(証拠に基づく政策立案)の観点からも重要です。
  • 先進事例:横浜市の統合型財政マネジメント: 先進的な取り組みとして、横浜市では「中期計画」「行政運営の基本方針」そして中長期的な財政方針である「財政ビジョン」を『3つの市政方針』として一体的に運用しています。毎年度の予算編成は、この3つの方針を基軸として行われ、施策評価や事業評価の結果と予算編成を明確に連動させることで、政策目標の達成と財政健全性の維持の両立を目指しています。このようなトップマネジメントと財政計画、そして予算編成が一体となった仕組みは、特別区においても大いに参考となるでしょう。

戦略的な歳入確保と歳出改革

自主財源確保に向けた多様なアプローチ

 安定した財政基盤を築くためには、基幹歳入である特別区税の確保はもとより、それ以外の自主財源を積極的に確保していく視点が不可欠です。厳しい財政環境の中、新たな財源を創出するための多様なアプローチが求められています。

  • ふるさと納税制度への戦略的対応:
    • 概要と特別区への影響: ふるさと納税は、応援したい自治体へ寄附を行うと、自己負担額の2,000円を除いた全額が所得税・住民税から控除される制度です。地方の自治体にとっては貴重な財源確保策となっていますが、住民税の税源が豊富な東京都特別区にとっては、区民が他の自治体へ寄附することによる住民税の流出(減収)が深刻な課題となっています。例えば、新宿区では令和5年度だけで約39億円、累計では約184億円もの財源が流出しており、これは区の財政運営に大きな影響を与えています。
    • 特別区としての取り組み: 財源流出という大きな課題に直面しつつも、制度を戦略的に活用する道はあります。特定のプロジェクト(例:子育て支援、文化施設の改修)に対して寄附を募るガバメントクラウドファンディング型のふるさと納税は、寄附者の共感を呼びやすく、財源確保と同時に区の魅力発信にも繋がります。また、企業版ふるさと納税を活用し、区内企業や区にゆかりのある企業との連携を深め、地域課題解決に向けた新たな公民連携の形を模索することも有効です。
  • ネーミングライツ(命名権)の導入:
    • 概要: 区が所有するスポーツ施設、文化ホール、公園、さらには歩道橋といった公共施設に、企業名や商品名を冠した愛称を付ける権利(命名権)を売却し、新たな財源を確保する手法です。日本で最初の公共施設の事例は2003年の「味の素スタジアム」であり、その後全国の自治体へと広がりました。
    • 効果と展開: 自治体にとっては、施設の維持管理費を賄うための安定的・継続的な収入源となります。企業にとっては、地域貢献(CSR)と広告宣伝効果を両立できるメリットがあります。近年では、大規模施設だけでなく、より地域に密着した小規模な施設や、役務提供(例:トイレの清掃・維持管理)と組み合わせた形での導入事例も増えており、柔軟な発想で導入可能性を検討することが重要です。
  • 保有資産の有効活用:
    • 未利用地の活用: 利用頻度の低い区有地などを、民間事業者に貸し付けたり、定期借地権を設定して売却したりすることで、資産の有効活用と財源確保を両立します。行政が用途を限定せず、民間の自由な発想と事業性を活かすことで、町の財政負担なく地域に必要な施設(学童クラブや商業施設など)が整備され、地代収入や税収増に繋がった事例もあります。
    • 広告事業の展開: 区役所の庁舎、公用車、ウェブサイト、各種印刷物などを広告媒体として活用し、広告料収入を得る取り組みも、着実に財源確保に繋がります。

歳出構造改革の断行

 財政健全化を実現するためには、歳入確保と同時に、歳出構造そのものに踏み込んだ改革が不可欠です。特に、将来にわたって大きな財政負担となる公共施設のあり方を見直すことは、避けて通れない重要課題です。

  • 公共施設等総合管理計画に基づくマネジメント:
    • 背景と目的: 高度経済成長期に集中的に整備された公共施設が一斉に老朽化し、今後、巨額の更新費用が必要となることが全国的な課題となっています。これに対応するため、総務省は全ての地方公共団体に対し、長期的な視点で公共施設等の総合的かつ計画的な管理を行うための「公共施設等総合管理計画」の策定を要請しました。その目的は、公共施設の更新・統廃合・長寿命化を計画的に行い、財政負担の軽減・平準化と、将来のニーズに合った最適な配置を実現することにあります。
    • 計画の核心: この計画の核心は、単に個別の施設を修繕することではなく、区が保有する全ての公共施設(インフラ含む)を一つの資産ポートフォリオとして捉え、全庁的な視点でマネジメントすることです。計画には、①施設全体の現状と将来の更新費用の推計、②統廃合や長寿命化に関する基本方針、③延床面積の削減目標といった数値目標などを盛り込むことが求められます。
  • PPP/PFIの戦略的活用:
    • 概要: PPP (Public-Private Partnership) / PFI (Private Finance Initiative) は、公共施設の整備、維持管理、運営等に、民間の資金、経営能力、技術的能力を活用することで、行政コストを削減しつつ、より質の高い公共サービスの提供を目指す手法です。
    • 国の推進方針: 国は「PPP/PFI推進アクションプラン」を策定し、コンセッション方式(公共施設等運営権事業)や、水道・下水道事業を包括的に民間委託する「ウォーターPPP」などを重点分野と位置づけ、その活用を強力に推進しています。近年では、分野横断型・広域型の取り組みや、地域課題解決に資する「ローカルPFI」の形成も促進されています。
    • 導入のポイント: PPP/PFIの導入は、単なる財源確保策やコスト削減策として捉えるべきではありません。民間の創意工夫やノウハウを最大限に引き出し、行政サービスの質を向上させるという視点が重要です。そのためには、仕様を細かく定める「仕様発注」ではなく、達成すべきサービス水準のみを示す「性能発注」を基本とし、民間事業者が自由な発想で事業を提案できる環境を整えることが成功の鍵となります。

 公共施設のマネジメントと財政健全化は、表裏一体の関係にあります。区の財政を圧迫している最大の要因の一つが、膨大な公共施設の維持管理・更新コストです。人口構造や社会のニーズが変化する中で、全ての施設をこれまで通り維持し続けることは不可能です。公共施設等総合管理計画は、この厳しい現実と向き合い、データに基づいて「選択と集中」を行うための羅針盤です。そしてPPP/PFIは、その選択を実行に移すための有力な手段となります。財政課職員は、単なる予算の査定者ではなく、区全体の資産を最適化するアセットマネージャーとしての視点を持ち、公共施設担当部署と密接に連携しながら、持続可能な歳出構造への転換を主導していく役割が期待されています。

業務改革とDX・AIの活用

財政分野におけるDXの先進事例

 デジタルトランスフォーメーション(DX)は、単なる業務の電子化に留まらず、デジタル技術を活用して業務プロセスそのものを変革し、行政サービスの質を向上させる取り組みです。財政分野においても、DXは業務の効率化と高度化に大きく貢献する可能性を秘めています。

  • 定型業務の自動化:RPAとAI-OCRの活用:
    • RPA (Robotic Process Automation): 職員がパソコンで行う定型的な繰り返し作業(データ入力、転記、集計など)を、ソフトウェアのロボットが代行する技術です。予算編成業務においては、各課から提出された予算要求書のデータを財務会計システムへ入力する作業や、査定結果の帳票を自動作成する作業などに活用できます。札幌市では児童手当業務にRPAを導入し、処理時間を大幅に短縮した実績があります。これにより、職員はより付加価値の高い分析や企画業務に時間を振り向けることが可能になります。
    • AI-OCR: 従来のOCR(光学的文字認識)にAI技術を組み合わせることで、手書き文字や非定型の帳票からも高い精度で文字情報を読み取り、データ化する技術です。紙の請求書や領収書の処理業務に導入することで、手入力の負担とミスを劇的に削減できます。恵庭市では、税務課業務にRPAとAI-OCRを組み合わせることで、年間1,100時間の業務時間削減を実現しました。
  • 住民サービスの向上と歳入確保の効率化:
    • キャッシュレス決済の導入: 区税や各種手数料の支払いに、クレジットカードやスマートフォン決済などのキャッシュレス手段を導入することで、住民の利便性を向上させると同時に、窓口での現金取扱業務を削減し、収納管理を効率化します。
    • 電子契約システムの導入: 事業者との契約手続きを電子化することで、契約書に貼付する収入印紙が不要となり、郵送費や人件費といったコストを削減できます。また、契約締結までの時間も大幅に短縮され、事業の迅速な執行に繋がります。
  • データに基づいた政策決定:EBPMの推進:
    • EBPM (Evidence-Based Policy Making): EBPMとは、統計データなどの客観的な証拠(エビデンス)に基づいて政策を企画立案することです。予算編成においても、新規事業の要求や既存事業の評価を行う際に、EBPMの考え方を取り入れることが極めて重要になります。
    • データ活用の具体例: 例えば、観光振興事業の予算を査定する際に、携帯電話の位置情報から得られる人流データや、SNSの投稿データなどを分析することで、どの地域に、どのような層の観光客が訪れているかを客観的に把握できます。これにより、より効果的なターゲットに絞った施策を立案し、限られた予算を効果的に配分することが可能になります。岐阜県大垣市では、民間ビッグデータを活用して行政課題の解決に取り組んでいます。財政課は、各事業課がEBPMに基づいた予算要求を行っているかを確認し、データ活用の文化を全庁に広げていく役割も担います。

生成AIの活用可能性と導入に向けた留意点

 近年急速に発展している生成AIは、従来のDXツールが主に定型業務の効率化を目的としていたのに対し、文章の作成、要約、分析といった非定型的な知的作業を支援するツールとして、行政業務のあり方を根本から変える可能性を秘めています。総務省の調査によれば、既に多くの自治体が生成AIの導入・実証に着手しており、その活用は急速に広まっています。

  • 財政業務における具体的な活用可能性:
    • 予算査定における分析支援: 予算要求の妥当性を判断するために、関連する法令や条例、過去の議事録、総合計画などをAIに読み込ませ、要求内容との整合性を確認するための論点を瞬時に抽出させることができます。また、類似事業を実施している他自治体の事例や関連データを分析させ、費用対効果分析のたたき台を作成させることも可能です。これにより、査定の客観性と質を向上させることができます。
    • 文書作成・要約業務の劇的な効率化: 査定結果の通知文や、議会答弁案の骨子、会議の議事録要旨などを、キーワードや音声データから自動生成させることができます。相模原市の実証実験では、議会答弁の作成時間が40%削減されたという報告もあり、文書作成にかかる時間を大幅に削減できます。
    • 高度な財政シミュレーションと予測: 過去の決算データや経済指標などをAIに学習させることで、将来の歳入・歳出をより精緻に予測し、中長期財政計画のシミュレーションに活用することが期待されます。複数のシナリオに基づいた財政への影響を迅速に分析し、より的確な経営判断に繋げることができます。
    • ナレッジマネジメントと人材育成: 過去の予算編成の経緯や査定の判断理由、ベテラン職員が持つノウハウなどをAIに学習させた庁内専用のチャットボットを構築すれば、若手職員が疑問点を即座に解決できる強力なサポートツールとなります。これにより、組織全体の知識の共有と継承が促進されます。
  • 導入に向けた留意点: 生成AIは強力なツールですが、その導入と活用には細心の注意が必要です。
    • 情報の正確性(ハルシネーション対策): 生成AIは、事実に基づかない誤った情報(ハルシネーション)を出力することがあります。AIが生成した文章や分析結果を鵜呑みにせず、最終的なファクトチェックは必ず人間の職員が行うという運用ルールを徹底しなければなりません。
    • セキュリティと個人情報保護: 個人情報や、公開前の意思決定情報などの機密情報を、外部の生成AIサービスに入力することは絶対に避けなければなりません。庁内での利用ガイドラインを厳格に定め、セキュリティが確保された環境で利用することが不可欠です。
    • 費用対効果の検証: 生成AIの導入には相応のコストがかかります。どのような業務に活用し、どのような効果を目指すのかを明確にした上で、スモールスタートで効果を検証しながら段階的に導入を進めることが現実的です。

 生成AIは、財政課職員の仕事を奪うものではなく、むしろその能力を増幅させる「分析アンプリファイア(増幅器)」と捉えるべきです。これまで職員が膨大な時間を費やしていた情報収集や資料作成といった作業をAIに任せることで、人間は、その分析結果が持つ意味を解釈し、事業担当課と対話し、より大局的な視点から戦略的な判断を下すという、本来人間がやるべき高度な業務に集中できるようになります。この変革を主導し、テクノロジーを賢く活用していくことが、これからの財政課職員に求められる重要なスキルです。

財政健全化に向けた実践的スキル

組織レベルで実践するPDCAサイクル

 財政健全化は、一度計画を立てれば終わりというものではなく、継続的な改善を必要とする永続的な取り組みです。そのためのフレームワークとして、組織全体でPDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act)を回し続ける仕組みを構築することが不可欠です。

  • Plan(計画):
    • 組織の「P」: 組織レベルでの「計画」に相当するのが、前述の「中長期財政計画」や、毎年度の「予算編成方針」です。これらは、区全体の財政運営の目標(例:健全化判断比率の維持、基金残高の確保)と、その達成に向けた資源配分の基本戦略を明確に定めます。また、各事業の目的と成果指標(KPI)を具体的に設定することも、この段階の重要な要素です。
  • Do(実行):
    • 組織の「D」: 議会で議決された「当初予算」及び必要に応じて編成される「補正予算」に基づき、一年間を通じて各部署が事業を執行する段階です。財政課は、予算の適正な執行を管理・支援します。
  • Check(評価):
    • 組織の「C」: 実行した結果を客観的に評価する段階であり、財政運営において最も重要なプロセスの一つです。
      • 期中の評価: 月次や四半期ごとの「予実管理」を通じて、予算の執行状況を継続的にモニタリングします。計画と実績の乖離を早期に発見し、原因を分析します。
      • 年度末の評価: 「決算」により、一年間の財政活動の結果を数値として確定させます。「財務書類」の分析を通じて、資産・負債の状況やフルコスト情報といった多角的な視点から財政状態を評価します。
      • 事業レベルの評価: 「行政評価(事務事業評価)」を通じて、個々の事業が予算に見合った効果を上げたか、設定したKPIを達成できたかを検証します。
  • Act(改善):
    • 組織の「A」: 評価(Check)の結果明らかになった課題を改善し、次の計画(Plan)に繋げる段階です。例えば、行政評価の結果、費用対効果が低いと判断された事業は、次年度の予算編成において見直し(縮小・廃止)の対象となります。逆に、高い効果が認められた事業には、資源を重点的に配分することを検討します。このように、決算・評価の結果を次年度の予算編成に明確にフィードバックする仕組み(「決算の予算への反映」)を制度として確立することが、PDCAサイクルを実効性あるものにするための鍵となります。

個人レベルで実践するPDCAサイクル

 組織全体の大きなPDCAサイクルを円滑に回すためには、財政課職員一人ひとりが、日々の業務の中で小さなPDCAサイクルを意識し、実践することが求められます。これにより、個人のスキルアップが組織全体の能力向上へと繋がっていきます。

  • Plan(計画):
    • 個人の「P」: 予算査定に臨むにあたり、担当する部局の要求内容を事前に読み込み、論点を整理します。「この事業の真の目的は何か」「積算根拠に曖昧な点はないか」「より効率的な代替案はないか」など、ヒアリングで確認すべき事項をリストアップし、自分なりの査定方針を立てます。
  • Do(実行):
    • 個人の「D」: 計画に基づき、事業担当者へのヒアリングを実施します。単に要求を詰問するのではなく、相手の意図を正確に理解し、建設的な対話を通じて、共に最適解を探る姿勢が重要です。分析した内容を基に、査定調書を作成します。
  • Check(評価):
    • 個人の「C」: 査定が一段落した後、自らの業務を振り返ります。「自分の分析は的確だったか」「事業担当者に納得してもらえる説明ができたか」「上司や同僚との情報共有は十分だったか」などを自己評価します。また、人事評価制度における上司との面談などを通じて、客観的なフィードバックを受けます。
  • Act(改善):
    • 個人の「A」: 評価(Check)で見つかった課題を克服するため、具体的な行動計画を立てます。例えば、「データ分析能力が不足している」と感じたなら、統計や地方公会計に関する研修に参加する。「交渉が苦手だ」と感じたなら、コミュニケーションスキルに関する書籍を読んだり、先輩職員のヒアリングに同席させてもらったりする。こうした小さな改善の積み重ねが、次回の予算編成における、より質の高い業務遂行に繋がります。

 財政課職員に求められるスキルは、単なる計算能力や法律知識だけではありません。データから本質を読み解く「分析力」、複雑な財政状況を分かりやすく説明し、他部署と合意形成を図る「対話・交渉力」、そして常に新しい知識や技術を学び続ける「自己研鑽力」。これらの能力を、日々のPDCAサイクルの中で意識的に磨き続けることが、プロフェッショナルな財政パーソンへの道です。

まとめ:未来へつなぐ財政運営のために

 本研修資料では、財政健全化の根源的な意義から、その達成に不可欠な法的知識、具体的な業務プロセス、そしてDXやAIといった新たなツールの活用まで、財政課職員が担うべき役割とスキルを網羅的・体系的に解説してまいりました。

 財政課の仕事は、時に「予算を削減する厳しい部署」と見られがちです。しかし、本質は全く異なります。私たちの使命は、単なるコストカッターではなく、区の限りある資源を最も賢く、最も効果的に配分する「戦略的投資家」であり、区民の付託に応え、持続可能な未来を設計する「自治体経営の羅針盤」となることです。

 私たちが査定する一件一件の予算、作成する一枚一枚の資料、その全てが、明日の福祉サービスを支え、子どもたちの教育環境を整え、災害から区民の命を守る礎となります。その影響の大きさと責任の重さは、他のどの部署にも劣らない、大きなやりがいと誇りを与えてくれるはずです。

 人口減少、超高齢社会、インフラの老朽化、そして新たな行政需要の増大。私たちが直面する課題は、決して平坦なものではありません。しかし、だからこそ、財政課の専門性と戦略的思考が、これまで以上に求められています。常に学び続け、データを駆使し、他部署と対話し、そして時には困難な改革を断行する勇気を持つこと。それが、これからの財政課職員に期待される姿です。

 この資料が、皆さんの日々の業務の一助となり、自らの仕事の意義を再確認し、自信と誇りを持って未来へつなぐ財政運営を担っていくための力となることを心から願っています。皆さんの挑戦と成長が、特別区の、そしてそこに暮らす全ての区民の未来を創ります。共に、持続可能で活力ある地域社会を次世代へと引き継いでいきましょう。

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