【財政課】予算編成業務 完全マニュアル

はじめに
※本記事はAIが生成したものを加工して掲載しています。
※生成AIの進化にあわせて作り直すため、ファクトチェックは今後行う予定です。
予算編成の意義と歴史的変遷
なぜ予算編成は重要か:住民福祉と行政運営の羅針盤
地方自治体における予算編成は、単なる会計上の手続きにとどまらず、自治体運営の根幹をなす極めて重要なプロセスです。その意義は、主に三つの側面に集約されます。
第一に、「住民への説明責任と民主的統制の具現化」です。自治体の財源は、その大部分が住民から納められた税金によって構成されています。この貴重な財源を、どのような行政サービスに、どれだけ配分するのかという計画を示したものが予算です。この予算案を、住民の代表である議会が審議し、議決することで、行政運営に対する民主的なコントロールが確保されます。これは、利益の最大化を目的とする民間企業の予算策定とは本質的に異なり、自治体は税の配分による効果を最大化し、その使途について住民に説明する責任(アカウンタビリティ)を負うという点で、その公共性が際立っています。
第二に、「政策実現のための資源配分機能」です。自治体は、総合計画や首長が選挙で掲げたマニフェストに基づき、地域の課題解決や住民福祉の向上を目指します。しかし、財源は有限であり、全ての要望に応えることはできません。予算編成とは、まさにこの限られた財源(ヒト・モノ・カネ)を、どの政策に優先的に配分するかを決定するプロセスです。したがって、予算編成は自治体にとって最も重要な意思決定過程であり、政策を実現するための羅針盤の役割を果たします。
第三に、「自治体経営の計画と統制」です。予算は、当該年度の行政活動を規定する単年度の計画であると同時に、地方債の発行などを通じて、将来の財政負担にも影響を及ぼします。予算編成を通じて、行政活動全体の規模や方向性を計画的にコントロールし、中長期的な視点から財政の健全性を維持することが求められます。これらの機能を踏まえると、予算編成は単なる技術的な会計作業ではなく、「多様なニーズの優先順位付けと、関係者間の利害調整という政治的なプロセス」そのものであると理解することが重要です。財政課の職員には、財務に関する専門知識はもちろんのこと、庁内の各部署、首長、議会、そして住民といった多様なステークホルダーとの調整を円滑に進める、高度なコミュニケーション能力とバランス感覚が不可欠です。
地方自治における予算制度の歩み
日本の地方自治における予算制度は、一朝一夕に形成されたものではなく、時代の要請に応じて変遷を重ねてきました。その歴史は、「中央政府による統制」と「地方の自立性の希求」という二つの力の相互作用の歴史でもあります。
明治期:地方自治と財政の黎明期
近代的な地方予算制度の萌芽は、明治時代初期に見られます。特に、明治11年(1878年)に制定された「三新法」(郡区町村編制法・府県会規則・地方税規則)は画期的なものでした。これにより、初めて公選議員からなる府県会が設置され、地方税によって賄うべき経費とその徴収方法について議決する権限(議定権)が付与されました。これは、中央集権的な体制の中で、地方が自らの財源について意思決定を行うための制度的な第一歩であり、地方財政の自主性の原点と位置づけられます。
戦後改革:地方自治法とシャウプ勧告
今日の地方財政制度の骨格は、第二次世界大戦後の改革によって形成されました。昭和22年(1947年)に施行された日本国憲法及び地方自治法により、地方公共団体の予算・決算の形式や議会の役割などが明確に規定されました。
さらに、昭和24年(1949年)のシャウプ勧告は、その後の地方財政に決定的な影響を与えました。この勧告に基づき、地方財政の格差を是正し、全国どこでも一定水準の行政サービスを提供できるよう、国税の一部を地方に再配分する「地方財政平衡交付金」(後の地方交付税)制度が創設されました。この制度は、地方財政の安定に大きく寄与した一方で、国と地方の財政関係を規定し、国の地方への関与を制度的に位置づけることにもなりました。
近年の動向:成果主義、市民参加、EBPMへの潮流
2000年に地方分権一括法が施行されると、国と地方の関係は「上下・主従」から「対等・協力」へと転換が図られ、地方の自己決定権が大幅に拡大しました。
この流れは予算編成の手法にも大きな変化をもたらしました。従来の前年度の予算を基に要求を積み上げる「前年踏襲主義」や「積み上げ方式」から脱却し、事務事業評価の結果を予算査定に反映させ、より成果を重視する動きが活発化しました。
また、行政運営の透明性を高める観点から、市民が予算案の策定プロセスに直接参加する「市民委員会」のような先進的な取り組みも一部の自治体で試みられるようになりました。
近年では、EBPM(証拠に基づく政策立案)の考え方が重視され、データに基づいて政策効果を予測し、予算配分の妥当性を客観的に説明することが強く求められています。
このように、地方の予算編成は、中央からの統制下で始まった黎明期を経て、地方分権の進展とともに、より自律的で、成果志向、かつ透明性の高いものへと進化を続けています。しかし、依然として地方交付税をはじめとする国の財政的関与は大きく、地方財政の完全な自立は道半ばです。この構造的な緊張関係を理解することは、現代の予算編成業務を遂行する上で不可欠な視点と言えるでしょう。
予算編成の法的根拠と基本原則
地方自治法にみる予算の根幹
地方自治体の予算編成は、職員の経験や慣例だけで行われるものではなく、地方自治法をはじめとする法令に厳格に規定されたルールに基づいて進められます。これらの法的根拠と基本原則を正しく理解することは、適正な予算編成業務の第一歩です。
予算調製・議決の義務(地方自治法第211条)
地方自治法第211条は、「普通地方公共団体の長は、毎会計年度予算を調製し、年度開始前に、議会の議決を経なければならない」と定めています。これは「予算の事前議決の原則」と呼ばれ、行政活動が無法状態で行われることを防ぎ、議会による民主的なチェックを確保するための最も基本的な規定です。財政課職員にとって、この条文は、いかなる事情があっても年度開始前までに予算を成立させなければならないという、業務遂行上の絶対的な指針となります。
会計年度独立の原則(第208条)
地方自治法第208条第2項は、「各会計年度における歳出は、その年度の歳入をもって、これに充てなければならない」と規定しています。これにより、各年度の収支が明確になり、財政責任の所在が明らかになります。
ただし、この原則を厳格に適用すると、年度内に完了しない建設事業などが実施できなくなるため、実務上の例外が認められています。具体的には、複数年度にわたる事業のための「継続費」、やむを得ない理由で年度内に支出が終わらない場合に翌年度に繰り越す「繰越明許費」、災害など予測不能な事態による「事故繰越し」などです。財政課は、これらの例外規定を適切に運用し、事業の円滑な執行と財政規律の両立を図る重要な役割を担います。
予算の基本原則
地方自治法は、上記の二大原則に加え、予算の透明性と網羅性を確保するためのいくつかの基本原則を定めています。
- 総計予算主義の原則:
一会計年度における全ての収入と支出は、相殺することなく、その総額を歳入歳出予算に計上しなければならないという原則です。これにより、自治体の財政規模や活動の全体像を正確に把握することができます。 - 単一予算主義の原則(第209条):
自治体の会計は、原則として一つの「一般会計」で一体的に経理されるべきという原則です。- (出典)篠栗町「予算の原則」―
- ただし、国民健康保険事業や介護保険事業のように、特定の収入で特定の事業を賄う必要がある場合には、条例によって「特別会計」を設置することが認められています。
- (出典)川口市「財政用語集」―
- 予算統一の原則(第216条):
予算の内容を分かりやすくし、他の自治体との比較や経年分析を可能にするため、歳入歳出予算は全国で統一された基準に基づいて区分・整理されなければならないという原則です。具体的には、歳入はその性質に応じて、歳出はその目的(民生費、土木費など)に応じて、「款」「項」「目」「節」という階層的な科目に分類されます。
主要条文と実務上のポイント
地方自治法の条文は抽象的に聞こえるかもしれませんが、その一つひとつが財政課の日々の業務に直結しています。若手からベテランまで、全ての職員がこれらの条文の趣旨と実務上の意義を理解しておくことが重要です。
表:地方自治法における予算関連主要条文
条文 | 名称 | 概要 | 実務上の意義・留意点 |
第208条 | 会計年度及びその独立の原則 | 会計年度は4月1日から翌年3月31日までとし、各年度の歳出はその年度の歳入で賄う。 | 予算単年度主義の基本です。継続費や繰越明許費などの例外規定を正しく理解し、複数年度にわたる事業の財源を適切に管理する必要があります。 – (出典)多摩市「ニュースレターNo.27」― – (出典)会計検査院「国の予算の単年度主義の原則とその例外」2017年 – (出典)大阪府「公営企業の予算・決算制度について」― |
第211条 | 予算の調製及び議決 | 長は予算を調製し、年度開始前に議会の議決を経なければならない。 | 当初予算編成の根拠条文です。議会対応を含め、定められたスケジュール内での予算案確定が財政課の絶対的な使命となります。 – (出典)伊勢市「予算・決算」2023年 – (出典)多摩市「ニュースレターNo.27」― – (出典)多摩市「ニュースレターNo.26」― |
第215条 | 予算の内容 | 予算には歳入歳出予算のほか、継続費、繰越明許費、債務負担行為、地方債、一時借入金などを定めなければならない。 | 歳入歳出だけでなく、将来の財政支出を約束する「債務負担行為」など、予算書に記載すべき項目を網羅的に理解し、計上漏れがないようにしなければなりません。 – (出典)行政書士最短合格術「地方公共団体の会計と予算、収入と支出、決算」― |
第216条 | 歳入歳出予算の区分 | 歳入は性質別に、歳出は目的別に款・項に区分しなければならない。 | 全国統一の基準で予算科目を設定する根拠です。款・項・目・節の体系を理解し、事業内容を適切な科目に分類するスキルが必須です。 – (出典)伊勢市「予算・決算」2023年 – (出典)滋賀県議会「議案第1号 令和6年度滋賀県一般会計予算」2024年 – (出典)多摩市「ニュースレターNo.27」― |
第218条 | 補正予算 | 法律上または契約上、団体の義務に属する経費の不足や、予算作成後に生じた事由に基づき特に緊急の必要がある場合などに、当初予算を補正することができる。 | 災害対応や国の経済対策など、年度途中の財政需要に対応するための重要な手段です。補正予算編成のタイミング(主に6, 9, 12, 3月議会)と、編成できる要件が法律で厳しく定められている点を把握しておく必要があります。 – (出典)G-Place「自治体予算編成の流れとスケジュール」2025年 -(https://www.b2lg.co.jp/jichitai/local_government_budget/) |
標準的な予算編成業務フローと各段階の実務詳解
年間業務スケジュールの全体像
地方自治体の当初予算編成は、前年度の夏頃から準備が始まり、翌年3月の定例議会で議決されるまで、半年以上にわたる長期的かつ体系的なプロセスを経て進められます。この一連の流れを正確に把握し、各段階で求められる役割を果たすことが、財政課職員には不可欠です。
表:年間予算編成業務フロー(標準モデル)
時期 | 主な業務内容 | 財政課の役割 | 各部局の役割 |
7月~9月 | 次年度予算編成の準備 | 国の動向把握、歳入の概算見積もり、編成方針の素案作成。 | 事業の企画・情報収集、概算要求の準備。 |
9月~10月 | 予算編成方針の決定・通知 | 首長の指示のもと編成方針を策定し、全庁に通知する。 | 編成方針に基づき、要求事業を具体化する。 |
10月~11月 | 各部局からの予算要求 | 要求書の受付、内容の確認、ヒアリングの準備。 | 事業内容、積算根拠を明記した予算要求書を財政課に提出する。 |
11月~12月 | 財政課による予算査定(ヒアリング) | 各部局とヒアリングを実施し、事業の必要性、効果、経費の妥当性を査定する。 | 査定に向けた説明資料の準備、ヒアリングに対応する。 |
12月~1月 | 財政課としての査定案(内示)の作成 | 査定結果を取りまとめ、各部局へ内示する。その後、復活要求を受け付ける。 | 内示内容を確認し、必要に応じて復活要求を検討・提出する。 |
1月 | 首長査定・予算案の最終調整 | 復活要求等を踏まえ、首長による最終査定が行われる。予算案を最終的に確定させる。 | 首長査定への説明を行う。 |
2月~3月 | 予算案の公表・議会提出・議決 | 予算案説明資料を作成し、議会へ提出する。予算特別委員会などで質疑応答に対応する。 | 議会対応の補助を行う。 |
4月~ | 予算の執行 | 成立した予算に基づき、各事業が開始される。 | 予算の適正な執行管理を行う。 |
段階別実務詳解
予算編成の各段階は相互に関連しており、一つひとつの業務を丁寧に進めることが、質の高い予算案の作成につながります。
- 予算編成方針の策定(9月~10月):
これは、次年度の自治体運営の方向性を全庁に示す、最も重要な文書です。財政課は、国の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針)」や、国の地方財政計画といったマクロな動向を分析します。同時に、市税や地方交付税などの歳入見通しを立て、財政的な制約を把握します。これらを踏まえ、首長の政策的リーダーシップのもと、次年度に特に注力すべき政策分野(例:子育て支援、DX推進、防災・減災対策など)を明確に打ち出します。この方針が、その後の各部局からの予算要求や、財政課による査定の客観的な「ものさし」となります。 - 各部局からの予算要求(10月~11月):
全庁に通知された予算編成方針に基づき、各部局は所管する事業について、次年度の予算要求書を作成し、財政課に提出します。要求書には、継続事業の見直し内容や新規事業の企画内容を具体的に記述します。特に、事業の目的、内容、期待される効果(定性的・定量的な目標)、そして要求額の積算根拠となる見積書や過去の実績資料などを添付することが不可欠です。財政課は、この段階で提出された書類の形式的な不備や、積算根拠の明確性を確認し、次の査定(ヒアリング)段階に備えます。 - 財政課による予算査定(11月~12月):
予算編成プロセスにおける核心部分であり、財政課の専門性が最も発揮される段階です。財政課の各担当者は、割り振られた部局の予算要求内容を精査し、事業担当者と直接対話する「ヒアリング(査定)」を実施します。このヒアリングでは、主に以下の三つの観点から、要求の妥当性を厳しく審査します。この査定を通じて、財政課は限られた財源を最も効果的・効率的に配分するための予算案を練り上げていきます。
必要性(Need):
その事業は法令上の義務か。総合計画や首長の方針に沿っているか。住民のニーズは高いか。
効果性(Effectiveness):
投じる費用に見合う効果(費用対効果)が期待できるか。成果目標は明確か。効率性(Efficiency): より少ない経費で同様の効果を上げる方法はないか。民間委託やICT活用で効率化できないか。 - 首長査定と復活要求の調整(1月):
財政課による査定(一次査定)の結果は、各部局に「内示」として伝えられます。この段階で要求が認められなかったり、大幅に減額されたりした事業について、各部局は諦めるわけではありません。特に政策的に重要と考える事業については、首長に直接その必要性を訴え、予算の復活を求める「復活要求」という手続きが設けられています。最終的にどの事業を実施するかは、財政全体のバランスを考慮しつつ、首長の政策的判断(トップダウン)によって決定されます。財政課は、この最終判断をサポートするため、客観的なデータや財源への影響に関する情報を提供し、首長の参謀役としての役割を果たします。 - 予算案の確定と議会提出(2月~3月):
首長査定を経て固まった予算案は、2月下旬から3月にかけて開催される定例議会に提出されます。議会では、主に予算特別委員会が設置され、各事業の詳細について議員からの質疑が行われます。財政課は、首長や各部局長と連携し、議会に対して予算案の内容や編成の考え方を丁寧に説明する責任を負います。議員からの質疑応答を経て、3月末の本会議で議決されることで、予算は正式に成立し、4月1日からの執行が可能となります。
この一連のフローは、各部局からのボトムアップの要求と、首長や財政課によるトップダウンの判断が交錯する、動的なプロセスです。財政課は、単に経費を削減する「査定者」ではなく、全庁的な視点から施策の優先順位付けを整理し、首長の政策判断を的確に補佐し、議会や住民への説明責任を果たす「調整役」であり「参謀」としての役割を担っているのです。
予算査定の実践的スキルと交渉術
査定の基本姿勢と着眼点
予算査定は、自治体の財政規律を維持し、限られた財源を最大限有効に活用するための重要なプロセスです。査定に臨む財政課職員は、客観的かつ公平な視点を持ち、個々の事業を多角的に評価する能力が求められます。
査定方式の理解
予算査定の進め方には、主に二つの方式があります。
- 一件査定方式:
伝統的な手法で、財政課が各部局から要求された全ての事業を一つひとつ個別に、ゼロベースで見直して査定します。財政課が予算編成の強力な権限を持つ一方、膨大な時間と労力を要するという課題があります。 - 枠配分方式(シーリング方式):
各部局に対し、前年度予算額に一定の削減率をかけた予算の上限枠(シーリング)をあらかじめ設定し、その枠内で各部局に予算編成の裁量を委ねる手法です。部局の自主性を尊重し、コスト意識を醸成する効果が期待されるため、近年多くの自治体で、特に経常的な経費を中心に導入が進んでいます。
歳入の見積もり
歳出の議論は、確度の高い歳入の見積もりが大前提となります。「歳入あっての歳出」という原則を常に念頭に置く必要があります。
- 国庫支出金・県支出金:
国や県の補助金は、特定の事業を実施するための重要な財源です。しかし、制度改正による補助率の変更や事業の統廃合が頻繁に行われるため、常に最新の情報を収集し、国・県の動向を注視する必要があります。安易に一般財源での補填を前提とせず、歳入の見込みを厳格に立てることが鉄則です。 - 地方債:
学校や道路、公共施設の建設など、大規模な投資的経費の財源として地方債は不可欠です。しかし、これは将来世代への負担の先送りでもあるため、後年度の公債費負担を十分にシミュレーションし、国の地方債計画との整合性を図りながら、計画的に活用しなければなりません。
歳出の査定
歳出は、その性質によって「義務的経費」と「裁量的経費」に大別され、査定におけるアプローチも異なります。
- 義務的経費(人件費、扶助費、公債費):
法令や過去の契約に基づき支出が義務付けられている経費であり、削減の余地は小さいとされています。 - 裁量的経費(物件費、補助費、投資的経費):
自治体の政策的判断によって、その規模や実施の有無を決定できる経費であり、予算査定の主戦場となります。物件費(消耗品費、委託料など):
前例踏襲で要求されがちですが、ペーパーレス化の推進による印刷費の削減や、仕様書の見直しによる委託料のコストダウンなど、効率化の余地がないかを精査します。補助費(各種団体への補助金など):
長期化・固定化し、本来の目的や効果が曖昧になっている補助金が散見されます。補助先の団体の決算状況や事業内容を十分に検証し、聖域なく見直す(廃止・縮減)厳しい姿勢が求められます。投資的経費(建設事業費など):
新たな施設建設などは、その建設費だけでなく、将来にわたって発生する維持管理コスト(ランニングコスト)を必ず試算し、長期的な視点から事業の妥当性を判断する必要があります。
要求部署とのヒアリング・交渉術(個人レベルのスキル)
予算査定は、単なる数字のチェック作業ではありません。要求部署の職員との対話を通じて、事業の本質を理解し、合意形成を図る高度なコミュニケーションの場です。優れた財政課職員は、客観的な分析能力(科学)と、人間関係を構築し交渉をまとめる能力(芸術)を兼ね備えています。
- 事前準備:
徹底的な「プレ査定」 ヒアリングの成否は、事前準備で9割決まると言っても過言ではありません。要求部署から提出された予算要求書をただ待つのではなく、事前に徹底的に読み込み、自分自身で「プレ査定」を行うことが不可欠です。要求内容の趣旨は何か、積算された数値の根拠はどこにあるのか、そもそも事業の全体像はどうなっているのか。不明な点をリストアップし、関連する法令や過去の決算資料を調べることで、自分なりの論点や疑問点を整理しておきます。この準備があるからこそ、限られたヒアリング時間の中で、的を射た質問をし、深い議論をすることが可能になります。 - 調整力:
対立から「共創」へ 予算ヒアリングは、要求側と査定側が対立する「ゼロサムゲーム」ではありません。相手を論破したり、一方的に要求を切り捨てたりすることが目的ではないのです。重要なのは、相手の要求の背景にある「本当に解決したい課題は何か」「なぜこの事業が必要だと考えているのか」という本質を深くヒアリングし、理解しようと努める姿勢です。その上で、財政的な制約や全庁的な優先順位を丁寧に説明し、同意できる点とできない点を整理します。時には、「その目的を達成するためには、別の安価な手法があるのではないか」といった代替案を提示するなど、単なる「削減」ではなく、より効果的・効率的な事業へと昇華させるための「共創」のパートナーとしての役割を果たすことが、最終的な納得感につながります。 - 信頼関係の構築:
インフォーマル・コミュニケーションの価値 組織で高い成果を上げる職員は、公式な会議の場だけでなく、日常的なコミュニケーションを非常に大切にしています。ユーザーの皆様からお寄せいただいた「複数部局に足を運んで油を売っていると思われていた人物が、実は有益な情報共有を行い、組織の成果に大きく貢献していた」という逸話は、この事実を象徴しています。 予算編成という公式(フォーマル)なプロセスを円滑に進めるためには、日頃からの非公式(インフォーマル)な人間関係が決定的な役割を果たすことがあります。財政課の職員も、自席で数字と向き合うだけでなく、積極的に庁内を歩き、他部署の職員と雑談を交わすことが重要です。
一見無駄に思える雑談の中から、現場が抱えるリアルな課題や、担当者の事業にかける情熱、部署のキーパーソンの人となりなど、予算要求書だけでは決して分からない貴重な情報が得られます。こうした日々の積み重ねによって築かれた信頼関係こそが、厳しい査定内容を伝えなければならない場面で、「あの人が言うなら、全庁的な視点で考えてくれているのだろう」という納得感を生み出し、困難な調整を成功に導く土台となるのです。 - ケーススタディ:
「スーパー公務員」に学ぶ調整の極意 「スーパー公務員」と呼ばれる人々は、例外なく、所属部署の壁を軽々と越え、庁内外に広範な人的ネットワークを築いています。この「人間関係資本」こそが、形式的な権限だけでは動かせない組織を動かし、前例のない課題解決を可能にする源泉です。財政課職員も、この姿勢に学び、庁内における情報のハブとなることを目指すべきです。現場の声に真摯に耳を傾け、築き上げた信頼関係を基に財政規律を語ることで、その言葉は単なる「コストカッター」の通告ではなく、自治体全体の未来を共に考える「パートナー」からの提言として受け止められるでしょう。
東京と地方の財政比較:構造的特徴と先進事例
なぜ東京は財政的に優位なのか
東京都及び特別区(23区)の財政は、他の地方自治体と比較して極めて優良な状況にあります。その要因を客観的な財政指標から分析します。
財政力指数の圧倒的な高さ
「財政力指数」とは、地方公共団体の財政力を示す最も代表的な指標です。地方税収などの自主財源(基準財政収入額)が、標準的な行政サービスに必要な経費(基準財政需要額)をどの程度賄えるかを示す数値で、この指数が高いほど財源に余裕があるとされます。
指数が「1」を上回る団体は、国からの普通地方交付税が交付されない「不交付団体」と呼ばれます。令和4年度(2022年度)の決算において、全国の都道府県で財政力指数が1を超えているのは東京都のみであり、その財政的な豊かさが際立っています。
表:主要財政指標の比較(東京都・特別区・地方平均)
財政の健全性は、財政力指数だけでなく、財政構造の弾力性や将来負担の度合いなど、複数の指標から多角的に評価する必要があります。
指標 | 東京都 | 特別区平均 | 全国市町村平均 | 全国都道府県平均 |
財政力指数 | 1.10 (R5) | 0.89 (R4) | 0.48 (R4) | 0.49 (R4) |
経常収支比率 | 85.3% (R4) | 76.5% (R5) | 91.5% (R4) | 93.3% (R4) |
実質公債費比率 | 2.5% (R4) | -2.6% (R5) | 6.2% (R4) | 8.2% (R4) |
将来負担比率 | 100.8% (R4) | 発生せず (R5) | 26.6% (R4) | 134.1% (R4) |
(出典)各種指標は、総務省「地方財政白書」「地方公共団体の主要財政指標一覧」、特別区長会「特別区の決算(普通会計)の概要」等に基づき作成。 |
この表から、東京都と特別区は、財政力指数が高いだけでなく、財政構造の硬直化を示す「経常収支比率」が全国平均より低く、借金返済の負担を示す「実質公債費比率」も極めて低い水準にあることが分かります。特に特別区平均の実質公債費比率がマイナスとなっている点は、借金返済額よりも地方債の元利償還金に充てられる交付税措置額の方が多い状態を示しており、極めて健全な状態と言えます。
都区財政調整制度の仕組みと意義
東京の財政的優位性は、単に経済活動が活発であるという理由だけでなく、「都区財政調整制度」という、世界でも類を見ない精緻な財政調整システムによって支えられています。この制度は、大都市内部に存在する著しい税源の偏在を是正し、23区全体の行政サービス水準を維持するための強力なメカニズムです。
- 制度の目的:
大都市東京の一体性を確保しつつ、23の特別区がそれぞれ基礎的な地方公共団体として、住民に対して一定水準の行政サービスを安定的に提供できるよう、都と特別区、そして特別区相互間の財源を調整することを目的としています。 - 財源の仕組み:
一般の市町村では市町村税として徴収される「固定資産税」「市町村民税法人分」「特別土地保有税」の三税を、23区の区域においては特例的に都が「調整税」として一括して徴収します。そして、その税収額に法人事業税交付対象額などを加えた額の一定割合(令和7年度から56%)を「特別区財政調整交付金」の原資として、各特別区に再配分します。この交付金は、国や都からの補助金とは異なり、使途が特定されない一般財源です。これにより、各区は地域の実情に応じた自主的な財政運営を行うことが可能となります。 - 交付金の算定:
各区への交付額は、国の地方交付税制度に準じた方法で算定されます。具体的には、人口や面積、施設の状況などから、各区が標準的な行政サービスを行うために必要となる経費(基準財政需要額)を算出します。一方で、各区の特別区民税などの標準的な税収見込み額(基準財政収入額)も算出します。そして、「基準財政需要額」から「基準財政収入額」を差し引いた差額(財源不足額)が、「普通交付金」として交付されます。また、災害の発生など、年度途中に予測不能な財政需要が生じた場合には、「特別交付金」が交付される仕組みもあります。
この制度は、地方の自治体職員にとって「東京だけの特殊な仕組み」と捉えられがちですが、広域自治体と基礎自治体の役割分担や、圏域内での財源調整を考える上で、非常に示唆に富んだ高度なモデルケースとして学ぶべき点が多くあります。
特別区(23区)の財政状況分析
- 全体像:
特別区全体の財政は、堅調な区税収入と過去最高額を更新し続ける特別区財政調整交付金に支えられ、総じて健全な状態にあります。積立基金残高は特別区債残高を大きく上回っており、将来負担比率も発生しないなど、財政的な体力は十分にあります。しかし、歳入の根幹をなす区税や財調交付金は、法人関連税収の割合が高く、景気変動の影響を受けやすいという構造的な脆弱性を抱えています。また、少子高齢化の進展に伴う扶助費の増大も、将来に向けた共通の課題です。 - 区ごとの格差:
23区と一括りに言っても、その財政状況は一様ではありません。千代田区、中央区、港区といった都心部と、周辺区とでは税収基盤に大きな格差があります。実際に、令和6年度の算定では、港区と渋谷区は財源が需要を上回るため財調交付金を受けない「不交付団体」となっていますが、他の多くの区は交付金に財政運営を大きく依存しているのが実態です。この格差を平準化し、どの区に住んでいても一定水準のサービスが受けられるようにしているのが、前述の都区財政調整制度の大きな役割です。 - ケーススタディ:
江戸川区の健全財政: 特別区の中でも、江戸川区は、いわゆる「下町」エリアに位置しながら、極めて健全な財政運営を長年にわたり実現していることで知られています。同区は、財政状況が厳しかった平成13年(2001年)に「健全財政推進本部」を立ち上げ、組織のスリム化、業務の民間委託の推進といった徹底した行財政改革を断行しました。その結果、平成16年度には積立基金(貯金)が区債(借金)の残高を上回る「プライマリーバランス黒字」を達成。その後も改革を続け、令和3年度末には、約2,176億円の基金残高に対し、区債残高はわずか1.6億円にまで減少しました。健全化判断比率の一つである実質公債費比率は、令和3年度でマイナス5.7%という驚異的な数値を記録しており、これは全国の自治体の中でもトップクラスの健全性を示しています。地方債に極力頼らないという強い意志を持った財政運営は、他の多くの自治体にとって大きな目標となり得るでしょう。
東京都・特別区の先進的取組
財政的に体力のある東京都や特別区では、より質の高い行政運営を目指し、予算編成においても先進的な取り組みが実践されています。
- EBPM(証拠に基づく政策立案)と予算編成の連動:
政策の成果を客観的なデータ(証拠)に基づいて評価し、その結果を次の政策立案や予算編成に活かすEBPMの考え方が浸透しています。例えば、ある施設に関する行政コスト計算書を作成・分析し、貸出利用者数や一人当たりコストといった指標を用いて行政評価を行います。その評価結果に基づき、指定管理者制度を導入するか否かを判断し、次年度の予算に具体的に反映させるといった、評価と予算が直結したサイクルが構築されています。 - 予算編成過程の「見える化」:
財政運営の透明性を高め、住民の理解と信頼を得ることを目的に、多くの政令指定都市や特別区では、予算編成のプロセスを積極的に公開しています。具体的には、10月頃に公表される「予算編成方針」に始まり、各部局からの「予算要求状況」、財政課による「査定結果」、そして最終的な「予算案」に至るまで、各段階の情報を自治体のウェブサイトで逐次公開しています。これにより、どのような議論を経て予算が形作られていくのかを、住民がリアルタイムで知ることが可能になっています。
業務改革とDXの推進
ICT活用による予算編成業務の効率化
予算編成業務は、膨大なデータの入力、集計、照合といった定型業務が多く、ICT、特にRPA(Robotic Process Automation)の活用による効率化のポテンシャルが非常に高い分野です。
- RPAによる定型業務の自動化:
RPAは、人間がパソコンで行う定型的な操作を記録し、自動で再現する技術です。予算編成業務においては、各部局から提出された予算要求データの財務会計システムへの入力、査定結果の転記、各種帳票の自動作成など、多岐にわたる活用が考えられます。
表:予算編成業務におけるRPA活用シナリオ
業務段階 | RPA活用シナリオ | 期待される効果 |
予算要求 | 要求書の形式チェック、必須項目入力漏れの自動検出。 | 手戻りの削減、要求内容の標準化。 |
予算査定 | 査定結果リストの財務会計システムへの自動入力・登録。 | 入力ミスの削減、作業時間の大幅短縮。 |
過去の執行実績データや類似事業費の自動抽出・比較。 | 査定の客観性・迅速性向上。 | |
予算案作成 | 予算案説明資料(帳票)の自動作成・フォーマット統一。 | 資料作成時間の短縮、正確性の向上。 |
予算執行管理 | 財務会計システムからの執行状況データの定期的な自動抽出・集計。 | タイムリーな執行状況の把握、管理業務の効率化。 |
生成AIの活用可能性
近年急速に発展している生成AIは、予算編成業務のあり方を根本的に変える可能性を秘めています。定型業務を自動化するRPAに対し、生成AIは非定型的な知的作業を支援するツールとして期待されています。
- 予算査定における分析支援:
エビデンス確認:
予算要求の根拠となる法令や条例、過去の議事録、関連する総合計画などをAIに読み込ませ、要求内容との整合性や妥当性を確認するための要約を瞬時に作成させることができます。- 費用対効果分析の補助:
要求されている事業について、類似の事業を実施している他の自治体の事例や、関連する統計データをAIに分析させ、事業効果の予測や費用対効果分析のたたき台を作成させることが可能です。これにより、査定の客観性と精度を高めることができます。
- 文書作成業務の効率化:
査定結果通知文の自動生成:
査定結果(承認、減額、否認)と、その理由となるキーワードをAIに入力することで、各部局への通知文のドラフトを自動生成させることができます。これにより、文書作成にかかる時間を大幅に削減できます。
議会答弁案の作成支援:
過去の議会答弁のデータをAIに学習させることで、予算案に関する議員からの想定問答に対し、答弁案の骨子や関連資料のリストを生成させることができます。相模原市の実証実験では、この手法により議会答弁の作成時間が40%削減されたという報告もあります。- 導入に向けた留意点:
生成AIは非常に強力なツールですが、その利用には注意が必要です。AIの出力には、事実に基づかない誤った情報(ハルシネーション)が含まれる可能性があるため、生成された内容を鵜呑みにせず、最終的なファクトチェックは必ず人間の職員が行わなければなりません。また、個人情報や非公開の意思決定情報などを入力しないよう、庁内での利用ガイドラインを厳格に定め、セキュリティを確保することが不可欠です。
DX、特にRPAや生成AIの導入は、単なる業務効率化にとどまりません。それは、財政課職員の役割そのものを変革する可能性を秘めています。これまで情報の入力や管理、厳格な査定といった役割を担ってきた職員が、これからはAIを駆使してデータから新たな知見(インサイト)を引き出し、事業部署に対してより建設的な改善提案を行う「経営参謀」や「データサイエンティスト」へと進化していくことが期待されます。これは、単なるツールの導入ではなく、職員一人ひとりのスキルセットとマインドセットの変革を伴う、大きな挑戦と言えるでしょう。
まとめ:未来を創る財政課職員へのエール
本記事を通じて、財政課が行う予算編成業務の全体像と、その奥深さを感じていただけたことと思います。予算編成の歴史的意義、厳格な法的根拠、体系的な業務フロー、そして現場で求められる実践的なスキルは、皆さんがこれから自治体職員として成長していくための、確かな羅針盤となるはずです。
心に留めていただきたいのは、予算編成は単なる数字の積み重ねや、前例を踏襲するだけの作業ではないということです。それは、地域の未来の姿を描き、住民一人ひとりの日々の暮らしを支える、極めて創造的で尊い仕事です。皆さんが査定する一件一件の事業の先に、子供たちの笑顔があり、高齢者の安心があり、そして地域の活気があります。
厳しい財政状況、複雑化・多様化する社会課題、そしてDXという大きな変化の波の中で、財政課職員に寄せられる期待は、ますます大きく、そして高度になっています。もはや、前例や慣習に安住することは許されません。常に最新の知識を学び、データに基づいて客観的に判断し、時には困難な改革にも果敢に挑戦する姿勢が求められています。
データと対話し、多様な立場の人々と対話し、そして私たちが創るべき未来と対話する。そのような気概を持つ皆さんが、これからの地方自治を、ひいては日本の未来を担っていくのだと、私たちは固く信じています。この資料が、そのための確かな一歩を踏み出す一助となることを、心から願っています。