【企画課】PPP・PFI・PFSの活用 完全マニュアル

はじめに
※本記事はAIが生成したものを加工して掲載しています。
※生成AIの進化にあわせて作り直すため、ファクトチェックは今後行う予定です。
PPP/PFI/PFSの基礎知識
PPP/PFI/PFSの定義と関係性
現代の地方自治体経営において、官民連携は不可欠な手法となっています。その中でも中心的な概念であるPPP、PFI、PFSについて、その定義と相互関係を正確に理解することが、全ての業務の出発点となります。これらの手法は単なる外部委託の延長ではなく、行政サービスの提供主体に関する考え方を根本から変革する可能性を秘めています。
- PPP (Public Private Partnership): PPPは「官民連携」と訳され、行政と民間がパートナーシップを組み、それぞれの強みを活かして公共サービスの提供を行うあらゆる形態の協力関係を指す広範な概念です。これには、後述するPFIや指定管理者制度、包括的民間委託、公設民営(DBO)方式、さらには単純な業務のアウトソーシングまで、多岐にわたる手法が含まれます。企画課の職員としては、PPPを個別の手法の寄せ集めとしてではなく、公共サービスの効率化と質の向上という目的を達成するための「戦略的な選択肢の体系」として捉えることが重要です。
- PFI (Private Finance Initiative): PFIはPPPの代表的な手法の一つであり、法律(PFI法)に基づいて実施される事業です。正式名称は「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」に基づく事業であり、その名の通り、公共施設等の設計、建設、維持管理、運営といった業務を、民間の資金、経営能力、技術的能力を活用して一体的に行うものです。PFIの核心は、単に業務を民間に委託するのではなく、資金調達も含めて民間事業者に委ねることで、事業全体のライフサイクルコストの最適化と、民間の創意工夫による質の高いサービス提供を目指す点にあります。
- PFS (Pay for Success): PFSは「成果連動型民間委託契約方式」と訳され、比較的新しい官民連携の手法です。PFIが主に公共施設という「モノ(ハード)」を対象とするのに対し、PFSは行政サービスという「コト(ソフト)」を対象とします。最大の特徴は、委託費用の支払いが、単に業務の実施に対して行われるのではなく、あらかじめ設定した「成果指標」の達成度に応じて変動する点にあります。例えば、健康増進事業であれば「特定健診の受診率向上」、就労支援事業であれば「長期就労者数の増加」といった具体的な社会的成果(アウトカム)が支払いの基準となります。
これらの関係性を整理すると、「PPP」という大きな傘の下に、施設整備に特化した手法として「PFI」があり、社会課題解決型のソフト事業に特化した手法として「PFS」が存在すると理解できます。この変遷は、行政の役割が「モノを調達する」段階から、「サービス(性能)を調達する」段階(PFI)、そして最終的には「社会的な成果(アウトカム)を調達する」段階(PFS)へと進化していることを示しています。これは、企画課の業務が、単なる建設計画の管理から、地域社会にどのような良い変化をもたらすかを定義し、その成果を測定・評価するという、より高度で戦略的なものへと変化していることを意味します。
表1: PPP/PFI/PFSの比較概要表
特徴 | PPP (広義の官民連携) | PFI (民間資金等活用事業) | PFS (成果連動型民間委託) |
定義 | 行政と民間が連携して公共サービスを提供するあらゆる手法の総称 | 民間の資金・ノウハウを活用し、公共施設等の設計・建設・維持管理・運営を一体的に行う手法 | 行政課題の解決に向けた成果指標を設定し、その達成度に応じて委託料を支払う手法 |
法的根拠 | 個別の手法ごとに地方自治法、PFI法、各設置法等が根拠となる | PFI法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律) | 特定の法律はなく、各自治体の契約事務規則等に基づく(内閣府が推進) |
主な対象 | 公共サービス全般(ハード・ソフト問わず) | 公共施設等の整備・運営(主にハード事業) | 社会課題解決型のサービス提供(主にソフト事業) |
対価の源泉 | 事業形態により多様(利用料金、委託料、補助金など) | 自治体からのサービス購入料、または利用者からの利用料金 | 自治体からの成果連動型の委託料 |
中核的コンセプト | 官民のパートナーシップによる価値創造 | ライフサイクルを通じたコスト効率化と性能の確保(VFMの実現) | 予防的措置等による将来的な財政支出の抑制と社会的成果の創出 |
我が国におけるPPP/PFIの歴史的変遷と政策的意義
我が国におけるPPP/PFIの導入と発展の経緯を理解することは、現在の政策的位置づけを把握し、今後の事業展開を考える上で極めて重要です。
- 導入期(1990年代後半~): PFIは、1990年代に英国で財政再建の一環として誕生した手法です。我が国では、バブル経済崩壊後の厳しい財政状況を背景に、公共事業の効率化が喫緊の課題となる中、1996年頃から英国の事例が紹介され始めました。そして1999年7月、「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」(PFI法)が制定され、本格的な導入が始まりました。当初は、コスト削減効果、いわゆるVFM(Value for Money)の実現が主な目的とされていました。
- 発展・多様化期(2000年代~): PFI法の施行後、全国で様々な事業が実施され、ノウハウが蓄積されていきました。特に重要な転換点となったのが、2011年のPFI法改正による「公共施設等運営権制度(コンセッション方式)」の導入です。これにより、空港や上下水道、道路といった利用料金を徴収する公共施設について、行政が所有権を保持したまま、運営権を民間に長期間設定することが可能となりました。これは、単なるコスト削減に留まらず、民間の経営ノウハウを最大限に活用して収益性を高め、サービスの向上と地域の活性化を図るという、より積極的な官民連携への道を開きました。
- 政策的意義の深化(現在): 現在、PPP/PFIは、単なる財政健全化ツールに留まらない、より大きな政策的意義を持つものとして位置づけられています。政府は「PPP/PFI推進アクションプラン」を定期的に改定し、令和4年度からの10年間で30兆円という事業規模目標を掲げるなど、国家戦略の中核に据えています。その意義は多岐にわたります。
- 財政健全化と公共サービスの維持・向上: 厳しい財政制約の中で、老朽化するインフラの更新と質の高い公共サービスを両立させるための最有力手法とされています。
- 経済成長への貢献: 民間事業者にとっては新たなビジネス機会の創出となり、新規投資や雇用を生み出すことで経済成長に貢献します。
- 地域課題の解決: 公共施設の再編・集約化や、公的不動産(PRE)の有効活用を通じて、地域の賑わい創出やコンパクトシティの推進といった地域固有の課題解決に貢献します。
- 新たな政策課題への対応: カーボンニュートラルやDX(デジタルトランスフォーメーション)といった新たな政策課題に対応するため、民間の先進技術やイノベーションを積極的に取り込むプラットフォームとしての役割も期待されています。
企画課がPPP/PFIを推進する意義と役割
特別区において、PPP/PFI/PFSの活用を推進する上で、企画課が果たすべき役割は極めて重要です。企画課は、個別の事業を所管する部署とは異なり、区政全体の最適化を担う立場にあります。
- 戦略的方向づけと案件発掘: 企画課の第一の役割は、区の総合計画や各種マスタープランといった上位計画と整合させながら、どの分野・どの施設にPPP/PFI手法を導入することが最も効果的か、戦略的な視点から検討し、案件を発掘することです。場当たり的な導入ではなく、区全体の将来像を見据えた上での優先順位付けが求められます。
- 庁内横断的な調整・推進体制の構築: PPP/PFI事業は、施設所管課、財政課、契約課、法務担当課など、多くの部署が関与する複雑なプロジェクトです。企画課は、これらの関係部署間のハブとなり、円滑な意思疎通と合意形成を図る「司令塔」としての役割を担います。庁内に推進本部や連絡会議を設置し、情報共有や課題解決を主導することが不可欠です。
- 官民対話(サウンディング)の主導: 魅力的な事業を組成し、多くの民間事業者からの提案を引き出すためには、事業の構想段階から民間事業者と対話を行う「サウンディング型市場調査」が有効です。企画課は、この官民対話を主導し、民間事業者の意向やノウハウを把握することで、より実現可能性の高い、官民双方にとってメリットのある事業スキームを構築する役割を担います。これは、行政が一方的に仕様を決める従来型の発注とは異なり、市場との対話を通じて最適な解決策を共創していく「マーケット・メーカー」としての役割と言えます。
PPP/PFI事業の法的根拠と関連制度
PFI法の概要と主要条文の解説
PFI事業を適正に進めるためには、その根幹をなす「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」(以下、PFI法)の理解が不可欠です。本法は、PFI事業の理念と手続きを定めた基本法であり、実務上のあらゆる判断の拠り所となります。
- 法律の正式名称と目的(第1条): PFI法の正式名称は「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」です。その目的は、第1条に明記されている通り、「民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用して、公共施設等の整備等の促進を図るための措置を講じ、もって効率的かつ効果的に社会資本を整備するとともに、国民に対する低廉かつ良好なサービスの提供を確保し、もって国民経済の健全な発展に寄与すること」です。この条文には、コスト削減(効率的)、質の高いサービス(効果的)、そして経済への貢献というPFIの三大目的が集約されています。
- 実務上重要な主要条文:
- 実施方針の策定等(第5条): 地方公共団体がPFI事業を実施しようとするときは、まず「実施方針」を策定し、公表しなければなりません。実施方針には、事業の範囲、事業者の募集・選定に関する事項、リスク分担の考え方など、事業の骨格を示す重要な内容を記載します。これは、民間事業者に対して事業の概要を初めて公式に示し、参加を促すための重要なステップです。
- 民間事業者による提案(第6条): PFI法は、行政からの発案だけでなく、民間事業者側からPFI事業を提案できる制度を設けています。これにより、行政が気づかなかった新たな事業機会や、民間の創意工夫に満ちたアイデアを引き出すことが可能となります。企画課としては、民間提案を積極的に受け付ける窓口を設置し、その手続きを明確化しておくことが望まれます。
- 特定事業の選定(第7条): 実施方針を策定した事業について、PFI手法で実施することが適切であると判断した場合、地方公共団体は当該事業を「特定事業」として選定します。この選定手続きを経て、初めてPFI法に基づく事業者選定プロセスに進むことができます。
- 選定の客観性の確保(第11条): 特定事業を実施する民間事業者の選定にあたっては、客観的な評価を行うことが義務付けられています。この条文において、VFM(Value for Money)の評価を行うことが言及されており、PFI事業の妥当性を客観的に示すための根拠となっています。
- 公共施設等運営権(第16条): 2011年の法改正で導入されたコンセッション方式の根幹をなす条文です。これにより、公共施設等の所有権を移転することなく、民間事業者に施設の運営に関する権利(運営権)を設定できるようになりました。運営権は物権とみなされ、担保設定が可能となるため、民間事業者の資金調調を円滑にする効果があります。
地方自治法との関連(債務負担行為と長期継続契約)
PFI事業は10年以上にわたる長期契約が一般的ですが、地方公共団体の予算は地方自治法の単年度主義の原則に縛られます。この制度的なギャップを埋めるために、地方自治法上の特別な予算措置が不可欠となります。この手続きを理解し、適切に実行することは、PFI事業を成立させるための絶対条件です。
- 債務負担行為(地方自治法第214条): PFI事業における複数年度にわたるサービス対価の支払いを法的に担保する、最も重要な仕組みが「債務負担行為」です。これは、将来の年度にわたって債務(支出義務)を負担する行為について、あらかじめ議会の議決を得ておく制度です。PFI事業では、契約時に事業期間全体のサービス対価の総額を上限として債務負担行為を設定します。これにより、民間事業者および融資を行う金融機関は、将来にわたる支払いが法的に保証されているという確信を得ることができ、安心して事業に参画・融資することが可能となります。 この「債務負担行為の議決」は、単なる事務手続きではありません。それは、PFI事業という長期にわたる財政負担を、議会、ひいては区民が公式に承認する、極めて重要な「政治的・行政的ゲートウェイ」です。このゲートウェイを通過できなければ、どれだけ優れた事業計画も絵に描いた餅に終わります。したがって、企画課の職員は、事業の技術的な検討と並行して、財政課や法務担当課と緊密に連携し、議会に対して事業の必要性、効果、そして財政的な持続可能性を丁寧に説明し、理解を得るための戦略的な準備を進めなければなりません。
- 長期継続契約(地方自治法第234条の3): 債務負担行為とは別に、複数年度の契約を可能にする制度として「長期継続契約」があります。これは、条例で定めることで、電気・ガス・水の供給や不動産の賃貸借など、特定の種類の契約について、債務負担行為を経ずに複数年度の契約を締結できるものです。 ただし、長期継続契約は、あくまで各年度の予算の範囲内で給付を受けることを前提としており、将来年度の支出を法的に確約するものではありません。そのため、民間が巨額の初期投資を行うPFI事業の本体契約(サービス対価の支払い)の根拠とすることは不適切です。PFI事業においては、債務負担行為が原則であり、長期継続契約は付随的な役務契約などに限定的に用いられると理解すべきです。
関連ガイドラインと実務上の位置づけ
PFI法や地方自治法が事業の「骨格」を定めるのに対し、国(主に内閣府PPP/PFI推進室)が策定・公表する各種ガイドラインは、事業を具体的に進めるための「肉付け」となる詳細な手引書です。これらは法律のような法的拘束力を持つわけではありませんが、PFI実務の標準的な考え方を示すものであり、これに準拠して事業を進めることが、手続きの透明性・客観性を担保し、国からの支援等を得る上でも重要となります。
- VFM(Value for Money)に関するガイドライン: PFI事業導入の妥当性を判断するVFM評価の具体的な算定方法、考え方を示したものです。PSC(Public Sector Comparator)の算定方法やリスク調整、割引率の設定など、技術的な内容が詳述されています。
- PFI事業におけるリスク分担等に関するガイドライン: PFI事業の成否を分ける官民のリスク分担について、基本的な考え方や留意事項を整理したものです。リスクを網羅的に洗い出し、「リスクを最もよく管理できる者がそのリスクを負担する」という原則に基づき、適切に配分するための指針が示されています。
- 契約に関するガイドライン: 10年以上に及ぶ複雑なPFI事業契約を締結する上での留意点や、標準的な契約条項の考え方を示しています。公共と民間の権利義務関係を明確化し、将来の紛争を未然に防ぐために不可欠な手引きです。
- モニタリングに関するガイドライン: 事業開始後、民間事業者が提供するサービスが契約で定められた水準を満たしているかを確認する「モニタリング」の手法について定めています。適切なモニタリングは、サービスの質を確保し、支払い対価の妥当性を担保する上で極めて重要です。
PPP/PFI事業の標準業務フローと実務詳解
導入可能性調査から事業契約締結までのステップ
PFI事業は、構想から契約締結まで、PFI法に定められた一連の標準的なプロセスを経て進められます。各段階で実施すべき事項と意思決定のポイントを正確に理解することが、事業を円滑に進める鍵となります。
- Step 1: 導入可能性調査 (Feasibility Study): 特定の公共施設整備等について、PFI手法の導入が有効かどうかを検討する初期段階です。この段階では、事業の目的や範囲を明確にし、従来型手法とPFI手法を比較検討します。特に、PFI導入の最大の判断基準となるVFM(Value for Money)について、簡易的な算定を行い、PFI導入に合理性があるかどうかの見通しを立てます。
- Step 2: 実施方針の策定・公表: 導入可能性調査の結果、PFI導入が有望と判断された場合、PFI法第5条に基づき「実施方針」を策定し、公表します。実施方針は、民間事業者に対して、当該事業への参画を検討するために必要な情報(事業内容、要求水準の概要、事業期間、事業者選定方法、リスク分担の考え方など)を初めて公式に示すものです。この公表後、民間事業者からの意見や質問を受け付け、事業内容をより具体化していきます。
- Step 3: 特定事業の選定: 実施方針を公表し、民間事業者の関心や意見も踏まえた上で、当該事業をPFI法に基づく事業として正式に実施することを決定する手続きが「特定事業の選定」です。この段階で、より詳細なVFM評価を行い、PFIで実施することの客観的な妥当性を確認します。
- Step 4: 事業者の募集・選定: 特定事業の選定後、入札公告を行い、民間事業者を公募します。応募者に対しては、事業の詳細な仕様や要求水準、評価基準などを定めた「募集要項」等の書類を提示します。事業者の選定は、価格だけでなく、技術的な提案内容も総合的に評価する「総合評価一般競争入札」や「公募型プロポーザル方式」が用いられるのが一般的です。評価の公平性・透明性を確保するため、外部の有識者を含む選定委員会を設置します。
- Step 5: 事業契約の締結: 最も優れた提案を行った事業者を優先交渉権者として選定し、最終的な契約内容の協議を経て、事業契約を締結します。このPFI事業契約は、数十ページから百ページ以上に及ぶ詳細なもので、事業期間中の官民双方の権利と義務、サービス水準、支払い条件、リスク分担、契約解除条項など、あらゆる事項が網羅されます。また、金融機関が融資を行う場合には、区、事業者、金融機関の三者間で「直接協定」を締結することもあります。
VFM(Value for Money)評価の実務
VFM評価は、PFI事業を導入するにあたり、税金を使う行政としてその妥当性を客観的かつ定量的に説明するための最も重要なプロセスです。
- VFMの定義と目的: VFMとは、「支払う費用に対して最も価値の高いサービスを得る」という概念です。PFI事業におけるVFMは、従来型の公共事業(区が直接設計・建設・維持管理を発注する方式)と比較して、PFI方式を採用することで、ライフサイクルコスト全体でどれだけの財政負担を縮減できるか、あるいは同等のコストでどれだけ質の高いサービスを提供できるかを示す指標です。VFMがプラス(PFIの方が有利)であることが、PFI事業採用の原則的な条件となります。
- VFMの算定式: VFMは、以下の式で算出されます。算出されたVFMは、金額ベースと、PSCに対する割合(%)で示されます。
- PSC (Public Sector Comparator): 当該事業を従来型の公共事業として実施した場合に、事業期間全体で必要となる公的財政負担の総額を現在価値に換算したものです。
- PFI-LCC (PFI-Life Cycle Cost): 当該事業をPFI事業として実施した場合に、事業期間全体で区が民間事業者に支払うサービス対価の総額を現在価値に換算したものです。
- PSC(公共事業コスト)の算定における留意点: PSCの算定はVFM評価の根幹であり、その精度が評価全体の信頼性を左右します。PSCには以下の要素が含まれます。
- ライフサイクルコスト: 建設費だけでなく、事業期間中の維持管理費、運営費、修繕・更新費など、全てのコストを積み上げます。
- 間接コスト: 事業の企画や監督に必要な職員の人件費など、公共部門が負担する間接的なコストも可能な範囲で算入します。
- リスク調整: 従来型事業では公共が負担するであろう様々なリスク(例:工事の遅延、コスト超過、需要変動など)の期待値を金額換算し、PSCに上乗せします。これは、PFIではこれらのリスクの多くが民間に移転されるため、比較の条件を揃えるために必要な調整です。
- 現在価値への換算: 将来発生するコストを、一定の「割引率」を用いて現在の価値に割り戻します。割引率は、長期国債の利回りなどを参考に設定されますが、この率のわずかな違いがVFMの計算結果に大きく影響するため、慎重な設定が求められます。
- VFM評価の実施タイミング: VFMは、事業の進捗に応じて段階的に算定され、その精度が高まっていきます。
- 導入可能性調査段階: 概算のコストに基づく「簡易VFM」を算定し、PFI導入の方向性を判断します。
- 特定事業選定段階: より精緻なコスト積算に基づく「シミュレーションVFM」を算定し、PFI事業として実施することの妥当性を最終確認します。
- 事業者決定後: 実際に落札した事業者の提案価格に基づき、「実際のVFM」が確定します。
事業者の選定とSPC(特別目的会社)の役割
PFI事業の成功は、優れた能力と意欲を持つ民間事業者を選定できるかどうかにかかっています。また、選定された事業者が設立するSPCは、PFI事業特有の事業遂行主体となります。
- 事業者の選定プロセス: 事業者の選定は、公平性・透明性・客観性が強く求められるプロセスです。通常、建設会社、維持管理会社、運営会社、金融機関などが共同で企業グループ(コンソーシアム)を組成して応募します。区は、学識経験者や専門家からなる第三者委員会(選定委員会)を設置し、提出された提案書を「価格点」と「技術点(事業計画、サービス水準、創意工夫など)」の両面から評価し、最も優れた提案を行ったグループを優先交渉権者として選定します。
- SPC (Special Purpose Company) の設立と役割: 優先交渉権者となった企業グループは、そのPFI事業だけを目的とする新しい会社、「特別目的会社(SPC)」を設立します。区が事業契約を締結する相手方は、このSPCとなります。SPCを設立する主な目的は以下の通りです。
- リスクの隔離(倒産隔離): SPCは、親会社であるコンソーシアム参加企業から法的に独立した存在です。万が一、親会社の経営が悪化しても、その影響がPFI事業に直接及ぶことを防ぎます。これにより、事業の安定性が確保されます。
- プロジェクト・ファイナンスの実現: 金融機関は、親会社の信用力ではなく、PFI事業そのものの将来の収益性(区からのサービス対価)を担保にSPCに対して融資(プロジェクト・ファイナンス)を行います。SPCの資産や契約上の権利が融資の担保対象となり、巨額の資金調達が可能になります。
事業開始後のモニタリングと事後評価
PFI事業は、契約を締結して終わりではありません。むしろ、そこから始まる長い事業期間中、契約通りにサービスが提供されているかを継続的に確認し、評価していくことが極めて重要です。
- モニタリング: モニタリングとは、事業期間中、SPCが提供するサービスが、事業契約書や要求水準書で定められた水準を満たしているかを、区が継続的に監視・監督する活動です。
- 目的: 公共サービスの質の維持・向上、契約遵守の確認、問題の早期発見と是正。
- 手法: SPCからの定期的な業務報告書(セルフモニタリング報告)の確認、区職員による現地調査、利用者アンケートの実施、第三者機関による評価などが含まれます。
- 支払いとの連動: モニタリングの結果、サービス水準の未達が確認された場合は、契約に基づき、SPCへのサービス対価を減額する措置が取られます。これは、サービスの質を担保するための強力なインセンティブとなります。
- KPI(重要業績評価指標)の活用: モニタリングの客観性を高めるため、「施設の稼働率」「利用者満足度」「苦情件数」「修繕対応時間」といった具体的なKPI(Key Performance Indicator)を設定し、その達成度を評価することが有効です。
- 事後評価: 事後評価は、PFI事業の期間が満了する際に、事業全体の成果を総括的に検証するプロセスです。
- 目的: 事業の最終的なVFMの達成度、サービス水準、地域への貢献度などを評価し、事業の成功・失敗要因を分析すること。また、その結果を次期事業の計画や、他の類似事業を検討する際の教訓として活かすことです。
- 公表の重要性: 内閣府は「PFI事業における事後評価等マニュアル」を公表しており、評価結果を広く公表することで、住民への説明責任を果たし、PFI事業への理解を促進することが推奨されています。
多様なPPP/PFI事業方式の理解と選択
主要な事業方式の比較(BTO, BOT, DBO, コンセッション等)
PFI事業には、施設の所有権の移転タイミングや資金調達の主体によって、いくつかの代表的な事業方式が存在します。どの方式を選択するかは、事業の特性や目的、区としてどのリスクを重視するかに応じて決定すべき戦略的な判断です。
- BTO (Build-Transfer-Operate) 方式: 民間事業者が施設を建設(Build)し、完成と同時に所有権を公共に移転(Transfer)、その後、契約期間にわたって運営(Operate)を行う方式です。施設の所有権が早期に公共に移るため、公共側にとって管理しやすいというメリットがあり、日本のPFI事業で最も多く採用されている標準的な方式です。
- BOT (Build-Operate-Transfer) 方式: 民間事業者が施設を建設(Build)し、契約期間中は自ら所有して運営(Operate)を行い、事業期間終了時に所有権を公共に移転(Transfer)する方式です。事業期間中、民間事業者が施設を所有するため、固定資産税等の負担が発生しますが、所有権を活かした柔軟な事業展開がしやすい場合があります。
- BOO (Build-Own-Operate) 方式: 民間事業者が施設を建設(Build)し、所有(Own)したまま運営(Operate)を継続する方式です。事業終了後も公共に所有権は移転されません。純粋な公共施設よりも、民間の事業性が高い施設で採用されることがあります。
- DBO (Design-Build-Operate) 方式: 民間事業者が施設の設計(Design)、建設(Build)、運営(Operate)を一括して請け負いますが、建設資金は公共が負担する方式です。民間のノウハウを一体的に活用できるメリットはありますが、民間の「資金」を活用するわけではないため、厳密にはPFI法に基づくPFI事業ではなく、PPPの一手法と位置づけられます。財源が確保できている場合に、効率的な事業執行を目指す選択肢となります。
- コンセッション (公共施設等運営権) 方式: 公共が施設の所有権を持ったまま、その運営に関する権利(公共施設等運営権)を民間に長期間設定する方式です。民間事業者は、運営権の対価を公共に支払う一方、利用者から料金を徴収して事業費を回収します。空港、上下水道、有料道路、大規模公園など、独立採算が見込める事業に適しています。民間事業者の経営の自由度が高く、需要拡大や収益向上に向けたダイナミックな経営努力が期待できる反面、需要変動リスクを民間が負うことになります。
これらの事業方式の選択は、単なる技術的な問題ではなく、区としての「リスクとコントロールに関する根源的な政策判断」そのものです。DBO方式では、区が資金調達リスクを負う代わりに、事業へのコントロールを強く保持します。BTO/BOT方式では、建設・運営リスクを民間に移転しますが、需要リスク(利用者が少ないリスク)はサービス対価を支払う区が負うことが多くなります。そしてコンセッション方式は、需要リスクも含めて最大限のリスクを民間に移転する代わりに、料金設定や運営方針といった事業の根幹に関わるコントロールを大幅に民間に委ねることになります。企画課は、事業目的を達成するために、どのリスクを移転し、どのコントロールを保持すべきか、という戦略的視点から最適な方式を提案する責務を負います。
表2: 主要なPFI事業方式の比較
事業方式 | 施設所有権の帰属 | 主な資金調達 | 需要変動リスクの主な負担者 | 主な事業対価 |
BTO方式 | 建設後、速やかに公共へ移転 | 民間 | 公共 | 公共からのサービス購入料 |
BOT方式 | 事業期間中は民間、終了後に公共へ移転 | 民間 | 公共 | 公共からのサービス購入料 |
DBO方式 | 当初から公共 | 公共 | 公共 | 公共からの設計・建設費+運営委託料 |
コンセッション方式 | 当初から公共(民間は運営権を保有) | 民間 | 民間 | 利用者からの利用料金 |
官民のリスク分担の基本原則と実務
PFI事業契約の核心は、事業期間中に発生しうる様々なリスクを、官民間でどのように分担するかを事前に明確に定めておく点にあります。適切なリスク分担が、事業の安定性を確保し、VFMの源泉となります。
- リスク分担の基本原則: PFIにおけるリスク分担の唯一絶対の原則は、「そのリスクを最も効率的かつ効果的に管理できる者が、そのリスクを負担する」というものです。例えば、建設工事の遅延リスクは、工法や下請け業者を管理する民間事業者が負うのが合理的です。一方、事業の前提を覆すような法令の変更リスクは、行政である公共が負うべきです。この原則に基づき、全ての潜在的リスクを洗い出し、分担を決定します。
- リスク管理のプロセス: リスク分担を適切に行うためには、体系的なプロセスが必要です。
- リスクの識別: 事業の各段階(設計、建設、運営、終了時)において想定されるあらゆるリスク(コスト超過、工期遅延、需要変動、災害、事故、法改正など)を網羅的にリストアップします。
- リスクの分析・評価: 各リスクが発生する可能性と、発生した場合の事業への影響度(金銭的損失など)を評価します。
- リスクの分担: 基本原則に基づき、各リスクの主たる負担者を決定し、契約書に明記します。
- リスクの軽減: 保険への加入や、事業計画の工夫など、リスクの発生確率や影響度を低減させるための方策を検討します。
リスク分担の取り決めは、単なる責任の押し付け合いではありません。官民が協力して事業全体の不確実性を低減させ、プロジェクトを成功に導くための合理的な役割分担を設計する、協創的なプロセスです。
表3: 主要リスクと官民の基本的な分担例
リスクの種類 | 具体例 | 基本的な分担 | 理由(最も管理に適した主体) |
設計・建設リスク | ・工期の遅延 ・建設コストの超過 ・設計ミス、施工不良 | 民 | 民間事業者は、設計・施工の専門家であり、工程管理や品質管理を直接コントロールできるため。 |
維持管理・運営リスク | ・施設の性能劣化 ・光熱水費の上昇 ・運営コストの増大 | 民 | 民間事業者は、日々の運営主体であり、効率的な人員配置や予防保全計画の実施によりコストを管理できるため。 |
需要変動リスク | ・利用者が想定より少なく、収入が減少する | 方式による (サービス購入型:官) (コンセッション型:民) | サービス購入型では、公共サービス提供の責任を持つ官が負担。コンセッション型では、収益向上努力のインセンティブを与えるため民が負担。 |
法令変更リスク | ・建築基準法や環境基準の改正により、追加コストが発生する | 官 | 法令の制定・改正は行政の権能であり、民間事業者がコントロールすることは不可能であるため。 |
不可抗力リスク | ・大規模な地震、洪水等の自然災害により施設が損壊する | 官民協議 (保険で対応後、残りを分担) | どちらの当事者の責任でもないため、契約で予め復旧義務や費用負担のルール(例:損害額の一定割合までを民が負担し、超過分を官が負担するなど)を定めておく。 |
PFS(成果連動型民間委託)の活用
PFSの仕組みとPFIとの違い
PFS(Pay for Success)は、社会課題解決を目的とした新しい官民連携の手法であり、PFIとは異なる発想に基づいています。その仕組みと特徴を正しく理解することが、活用に向けた第一歩です。
- PFSの核心的仕組み: PFSは、以下の3つの要素で構成される契約方式です。
- 成果指標の設定: 自治体は、解決したい行政課題(例:生活習慣病の重症化予防)に対し、その達成度を測るための客観的な「成果指標」(例:糖尿病性腎症への新規移行者数の減少率)を設定します。
- 民間事業者によるサービス提供: 民間事業者(NPO法人等を含む)が、成果指標を達成するための専門的なサービス(例:保健指導プログラムの提供)を実施します。
- 成果に連動した支払い: 自治体は、事業終了後に成果指標の達成度を評価し、その結果に応じて民間事業者に委託料を支払います。成果が出なければ支払いはゼロか少額になり、大きな成果が出ればインセンティブを含めた支払いが行われます。これにより、行政は成果が出ない事業に税金を投入するリスクを回避できます。
- PFIとの根本的な違い: PFIとPFSは共にPPPの一手法ですが、その目的と対象は大きく異なります。
- 対象: PFIは公共施設等の「ハード(物)」の整備・運営が中心ですが、PFSは医療・健康、介護、福祉、就労支援といった「ソフト(サービス)」が中心です。
- 支払いの根拠: PFIのサービス購入料は、施設が仕様通りに完成し、適切に維持管理・運営されていること(サービスの「性能」や「可用性」)に対して支払われます。一方、PFSの支払いは、サービス提供の結果として社会的な「成果(アウトカム)」が実際に創出されたかどうかを根拠とします。
- SIB (Social Impact Bond) との関係: PFS事業では、サービス提供のための初期費用を、金融機関や財団などの民間投資家が「ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)」を通じて拠出する場合があります。この場合、自治体は事業が成功した場合にのみ、成果に応じた支払いを投資家に行います(元本+リターン)。事業が失敗した場合、損失を被るのは投資家であり、自治体の財政的リスクはゼロになります。SIBは、PFSの資金調達を円滑にし、成果創出に対するインセンティブをより強く働かせるための仕組みです。
PFSの活用が期待される分野と案件形成のポイント
PFSは、特に「予防」的な取り組みによって将来の大きな行政コストを削減できる分野で効果を発揮しやすいとされています。
- 活用が期待される分野:
- 医療・健康・介護分野: 糖尿病性腎症等の重症化予防、がん検診受診率向上、高齢者の介護予防(フレイル対策)など、先行事例が最も多い分野です。これらの分野では、将来の医療費や介護給付費の削減効果をエビデンスに基づいて算出しやすく、事業効果を説明しやすいという特徴があります。
- 就労支援・生活困窮者支援: ひきこもり状態にある若者の就労支援、生活保護受給者の自立支援など、個人の状況改善が将来の社会保障費削減に繋がる分野。
- 再犯防止: 受刑者の出所後支援プログラムを通じて、再犯率を低下させ、刑事司法コストを削減する。
- その他: 内閣府は、環境、まちづくりなど、多様な分野へのPFSの展開を推進しています。令和6年度には、旭川市(環境分野)や静岡市(就労支援分野)での案件形成支援が採択されるなど、活用の裾野が広がっています。
- 案件形成(プロジェクトデザイン)のポイント: PFS事業を成功させるためには、慎重な案件形成が不可欠です。
- 明確な成果指標(KPI)の設定: 誰が聞いても納得できる、客観的で測定可能な成果指標を設定できるかが最も重要です。「住民の健康意識の向上」といった曖昧なものではなく、「特定健診受診率が前年度比でX%向上」のように、具体的でなければなりません。
- 対象者の特定と介入効果の科学的根拠: 事業の対象となる住民グループを明確に定義し、提供するサービス(介入)が実際に成果を生むという科学的根拠(エビデンス)や先行事例があることが望ましいです。
- 成果の評価方法の確立: 事業の成果をどのように測定・評価するか、その手法(例:介入グループと非介入グループの比較)を事業開始前に確立しておく必要があります。評価の客観性を担保するため、第三者評価機関を設置することも有効です。
- 関係者間の密な連携: 自治体(事業所管課、財政課)、民間事業者、資金提供者(SIBの場合)、評価機関など、多くの関係者が関与するため、円滑なコミュニケーションと合意形成が成功の鍵となります。
東京都・特別区における先進事例と応用
東京都のPPP/PFI推進方針と特徴
東京都は、全国の自治体をリードする形で、多様なPPP/PFI事業を積極的に推進しています。その方針は、単なる行財政改革に留まらず、東京の国際競争力強化や都民のQOL(生活の質)向上といった、より大きな戦略的目標と結びついているのが特徴です。財務局などが中心となり、大規模インフラから都民生活に身近な施設まで、幅広い分野で民間活力を導入しています。
例えば、警視庁の施設整備においてPFI方式(BTO方式)が採用された事例では、警察施設特有の高度なセキュリティ要求を満たしつつ、免震構造や太陽光パネルの導入など、民間の技術力を活かした付加価値が実現されています。また、施設の余剰地を活用して商業施設や居住施設を併設する「付帯事業」を組み合わせることで、事業全体の収益性を高め、都の財政負担を軽減する工夫も見られます。こうした事例は、特別区が事業を検討する上でも大いに参考となります。
特別区における分野別ケーススタディ(公園、庁舎、文化施設等)
23区においても、それぞれの地域特性や課題に応じて、特色あるPPP/PFI事業が展開されています。これらの具体的な事例を分析することで、成功要因や実務上の留意点を学ぶことができます。
- 公園分野(Park-PFI): 近年、特に活用が進んでいるのが、都市公園リノベーションの切り札とされる「Park-PFI」です。これは、民間事業者が公園内にカフェやレストランなどの収益施設を設置し、その収益の一部を活用して、公園の広場や遊具などの整備・改修を行う制度です。
- 渋谷区立北谷公園: 渋谷区初のPark-PFI事業として、公園と公共空間を一体的に整備し、カフェやイベントスペースを設けることで、若者文化の発信拠点としての賑わいを創出しました。
- 北区立飛鳥山公園: 公園内にレストランを誘致し、歴史ある公園の魅力を高めるとともに、新たな来訪者層の獲得に成功しています。
- 台東区立隅田公園: オープンカフェを設置し、隅田川沿いの景観を活かした魅力的な水辺空間を創出しています。
- 庁舎・都市再開発分野: 区有地という貴重な資産を最大限に活用し、庁舎整備と地域の活性化を同時に実現する、複合的で高度なスキームが採用されています。
- 豊島区新庁舎整備事業: これは全国的にも注目された画期的な事例です。区は、旧庁舎跡地の定期借地権を設定して得た対価(一括前払い地代)を財源に、民間デベロッパーが進める市街地再開発事業によって建設される超高層マンション内に新庁舎を取得しました。これにより、区は新たな財政負担をほとんど伴わずに耐震性に優れた新庁舎を確保すると同時に、旧庁舎跡地の再開発による池袋の賑わい創出にも貢献しました。
- 千代田区役所本庁舎: 国の合同庁舎との共同整備という形でPFI事業が実施され、官庁街における土地の高度利用と効率的な施設整備を実現しました。
- 大田区旧小学校跡地活用事業: 廃校となった小学校跡地を、コミュニティセンター、工場アパート(産業支援施設)、民間施設からなる複合施設としてPPP手法で整備しました。定期借地権制度を活用し、地域の新たな核となる施設を創出しています。
- 文化・スポーツ施設分野:
- 墨田区総合体育館: PFI方式により建設・運営が行われ、最新の設備を備えた区民の健康増進の拠点となっています。
- 目黒区「めぐろかがやきプロジェクト」(中止事例): 美術館や区民センターなどを一体的に整備する大規模なPFI事業として計画されましたが、近年の急激な工事費高騰により、事業者の採算が見込めなくなり、公募を中止した事例です。この事例は、PFI事業が外部の経済環境(マーケットリスク)に大きく左右されることを示す重要な教訓です。事業計画においては、コスト変動リスクを考慮した柔軟なスキーム設計や、適切な時期判断の重要性を示唆しています。
これらの特別区の事例に共通して見られるのは、単に公共施設を安く作る(コスト削減)という発想に留まらない、より戦略的な視点です。特に、土地の価値が高い都心部においては、公共施設の整備という機会を「てこ」として、民間の資金とアイデアを最大限に引き出し、周辺地域全体の魅力向上や経済活性化といった「都市の価値創造」を実現しようとする意図が明確に見て取れます。PFI事業は、もはや単なる「調達手法」ではなく、まちづくりのための強力な「政策ツール」となっているのです。企画課の職員には、この視点を持って事業を構想する能力が求められます。
財政状況と事業効果の比較分析
PPP/PFI事業の成果を評価する際には、VFMという財政的効果だけでなく、それ以外の多様な効果にも目を向ける必要があります。国も、財政負担軽減に加えて、地域経済への貢献や住民サービスの向上といった「多様な効果」を重視する姿勢を明確にしています。
- 定量的効果(VFM): 多くのPFI事業では、事業者決定時に10%から20%程度のVFMが確保されています。これは、設計・建設・維持管理の一体化による効率化や、民間の創意工夫によるコスト削減が実際に機能していることを示しています。ただし、VFMの算定は割引率の設定などによって変動するため、その前提条件をしっかりと確認することが重要です。事業終了後には、実績に基づいたVFMを算出し、当初の想定と比較検証することが、次の事業に繋がる重要なプロセスとなります。
- 定性的効果(多様な効果): 金額では測れない質の高い効果もPFI事業の大きなメリットです。
- 住民サービスの向上: 開館時間の延長、新たな講座やイベントの実施、カフェやレストランの併設による利便性向上など、利用者の満足度を高める様々な工夫が凝らされています。豊島区の新庁舎では、民間事業者からの提案により、来庁者の動線と職員の執務エリアを明確に分離する配置計画が採用され、利便性とセキュリティが両立されました。
- 地域経済の活性化: 施設整備や運営における地元企業の参画、新たな雇用の創出、来訪者の増加による周辺商店街への波及効果などが期待されます。岩手県紫波町の「オガールプロジェクト」では、PFIで整備された施設に年間80万人以上が来訪し、約170人の雇用が創出されるなど、顕著な成果を上げています。
- 行政の事務負担軽減: 施設の突発的な修繕やクレーム対応などをSPCが一元的に担うため、行政職員は日々の細かな管理業務から解放され、より企画立案などの政策的な業務に集中できるようになります。
業務改革とDXの推進
ICT活用による事業の高度化(BIM/CIM等)
PPP/PFI事業の計画・設計から維持管理に至る全段階において、BIM/CIMをはじめとするICT(情報通信技術)を積極的に活用することは、業務の効率化と高度化、そして官民間の円滑な情報共有を実現する上で極めて有効です。
- BIM/CIMの概要とメリット: BIM/CIM(Building/Construction Information Modeling/Management)とは、計画、調査、設計段階から3次元モデルを導入し、その後の施工、維持管理の各段階においても3次元モデルを連携・発展させ、事業全体の関係者間で情報を一元的に活用する仕組みです。国土交通省が直轄事業での原則適用を進めており、PPP/PFI事業においてもその活用が期待されています。
- 設計・合意形成段階: 3次元モデルを用いることで、施設の完成イメージを関係者(庁内関係部署、議会、住民、事業者など)が直感的に理解できるようになります。これにより、合意形成が迅速化し、手戻りを防ぐことができます。また、配管や構造体などの干渉を事前にチェックできるため、設計品質が向上します。
- 施工段階: 施工手順を4次元(3次元+時間軸)でシミュレーションすることで、工事の安全性向上と工程の最適化が図れます。
- 維持管理段階: 竣工後、BIM/CIMモデルは施設の「デジタルツイン(デジタルの双子)」として機能します。モデルには、各設備の仕様、メーカー、保証期間、点検履歴といった維持管理に必要なあらゆる情報が紐づけられます。これにより、PFI事業者が行う維持管理業務の状況を区が正確に把握し、モニタリングの効率化・高度化に繋がります。これは、長期にわたるPFI契約において非常に大きな価値を持ちます。
生成AIの活用可能性と具体的用途
近年急速に発展している生成AIは、PPP/PFI事業のような専門性が高く、文書作成業務が多い分野において、業務効率を飛躍的に向上させるポテンシャルを秘めています。
- 仕様書・公募資料の作成支援: PPP/PFI事業で作成する要求水準書や募集要項は、膨大かつ専門的であり、作成に多大な労力を要します。生成AIを活用し、過去の類似事業の仕様書や国のガイドラインを学習させることで、たたき台となる文書案を自動生成することが可能です。これにより、職員はゼロから文章を作成する負担から解放され、内容の精査やより創造的な検討に時間を割くことができます。既に、自治体の調達仕様書作成を支援するAIサービスも登場しています。
- 住民説明会・パブリックコメントの要約・分析: 事業計画に対する住民説明会の議事録や、パブリックコメントで寄せられた多数の意見を生成AIに入力することで、主要な論点、賛成・反対意見の傾向、頻出するキーワードなどを瞬時に要約・分析させることができます。これにより、担当者は民意を迅速かつ的確に把握し、計画への反映や住民への回答作成を効率的に行うことができます。
- リスクの洗い出しと分析支援: 過去の膨大なPFI事業の事後評価報告書や関連ニュース記事などを学習させたAIに、新たな事業計画の概要を入力することで、その事業に潜む特有のリスク要因を網羅的にリストアップさせることが期待できます。これにより、人間では見落としがちなリスクを早期に発見し、対策を講じることが可能になります。
- 庁内ナレッジマネジメントの高度化: 区が過去に実施した全てのPPP/PFI事業に関する資料(実施方針、契約書、モニタリング報告書など)をデータベース化し、それらを学習させた庁内専用のAIチャットボットを構築します。職員は、「〇〇事業の需要リスクは官民どちらが負担したか?」といった自然言語での質問に対し、AIから即座に正確な回答を得られるようになります。これにより、担当者の異動があっても組織としての専門知識(暗黙知)が失われることなく、若手職員でもベテラン職員が蓄積したノウハウを容易に活用できるようになります。
- 導入にあたっての留意点: 生成AIの活用にあたっては、情報の正確性(ハルシネーションの問題)、個人情報や機密情報の漏洩リスクに十分配慮する必要があります。特に、LGWAN(総合行政ネットワーク)内で安全に利用できるセキュリティが確保されたサービスの選定が不可欠です。
実践的スキル向上に向けて
組織レベルで実践するPDCAサイクル
PPP/PFI事業を一過性の取り組みで終わらせず、組織全体の能力として定着させ、継続的に改善していくためには、組織的なPDCAサイクルを確立し、回し続けることが不可欠です。これにより、個々の職員の経験を組織の財産へと転換する「学習する組織」を構築することができます。
- Plan(計画): 推進体制とルールの整備
- PPP/PFI導入基本方針の策定: まず、区としてPPP/PFIをどのように活用していくのか、その理念、目的、対象とする事業の規模(例:事業費10億円以上など)、検討プロセスなどを明記した「PPP/PFI手法導入優先的検討ガイドライン」等の基本方針を策定します。これは、庁内での意思統一を図り、場当たり的な検討を避けるための羅針盤となります。
- 推進体制の確立: 企画課が中心となり、財政課、契約課、施設所管課などからなる庁内横断的な「PPP/PFI推進チーム」を設置します。このチームが、案件の発掘から導入検討、情報共有までを一元的に担います。
- Do(実行): ガイドラインに基づく事業の実施
- 案件のスクリーニング: 新たな公共施設整備計画が持ち上がった際には、策定したガイドラインに基づき、PFI導入の可能性を初期段階で検討(スクリーニング)します。
- 官民対話の積極的実施: 構想・計画段階からサウンディング型市場調査を積極的に行い、民間事業者の意見を事業計画に反映させます。
- Check(評価): 事業の客観的評価と情報公開
- モニタリング結果の集約と分析: 実施中の全PFI事業について、モニタリング報告書やKPIの達成状況を一元的に集約し、サービス水準が適切に維持されているか、問題は発生していないかを定期的に評価します。
- 事後評価の徹底と公表: 事業期間が満了した案件については、内閣府のマニュアル等に基づき、速やかに事後評価を実施します。当初想定したVFMやサービス水準が達成できたか、課題は何だったのかを客観的に検証し、その結果を原則として区のウェブサイト等で公表し、住民への説明責任を果たします。
- Act(改善): 組織知の蓄積とルールの見直し
- ナレッジデータベースの構築: 全ての事業の事後評価結果やモニタリングで得られた知見、成功・失敗事例を体系的に整理し、庁内職員がいつでも参照できるナレッジデータベースを構築します。
- ガイドラインの改定: 事後評価や社会経済情勢の変化を踏まえ、「PPP/PFI導入基本方針」を定期的に見直し、改定します。例えば、山城町の事例では、1期事業の事後評価の結果を踏まえ、次期事業ではモニタリング機能を強化するための委員会を立ち上げる改善が行われました。このように、評価から得られた教訓を次の行動に具体的に繋げることが重要です。
職員個人レベルで実践するPDCAサイクル
組織全体の仕組みと同時に、担当者一人ひとりが自らの業務においてPDCAを意識し、実践することが、専門性と実践力を高める上で不可欠です。
- Plan(計画): 徹底した事前準備と目標設定
- ナレッジの活用: 新たにPFI事業の担当になった際には、まず組織のナレッジデータベースを活用し、過去の類似事例の契約書や評価報告書を徹底的に読み込み、事業のポイントや留意点を把握します。
- 個人目標の設定: 事業の各フェーズ(実施方針作成、事業者選定など)において、「民間事業者と最低3回は個別対話を行う」「リスク分担表の全ての項目について根拠を説明できるようにする」など、具体的で達成可能な個人目標を設定します。
- Do(実行): 主体的な業務遂行と記録
- 役割の遂行: 担当者として与えられた役割(資料作成、関係部署との調整、事業者との交渉など)を責任もって遂行します。
- 業務日誌の作成: 日々の業務で直面した課題、交渉の経緯、成功した点、失敗した点などを具体的に記録する「プロジェクト日誌」を作成します。これは、後の振り返りのための貴重な一次資料となります。
- Check(評価): 定期的な自己評価とフィードバックの獲得
- モニタリングへの参画: 担当事業のモニタリングに積極的に関与し、報告書を鵜呑みにするのではなく、現場の状況や利用者からの声を直接確認します。
- 自己評価と上司・同僚からのフィードバック: 定期的に(例えば、事業の大きな節目ごと)、自らが立てた目標の達成度を振り返り、自己評価を行います。さらに、上司や同僚に積極的にフィードバックを求め、客観的な視点から自身の業務の強みや改善点を確認します。
- Act(改善): スキルアップと組織への貢献
- 改善行動の実践: 評価で明らかになった課題に対し、具体的な改善行動を次の業務に活かします。例えば、「事業者への説明が不十分だった」という反省があれば、次の説明会では図やグラフを多用した資料を作成する、といった行動に移します。
- ナレッジの共有: プロジェクト日誌や自己評価で得られた知見や教訓を整理し、組織のナレッジデータベースに登録したり、部署内の勉強会で発表したりすることで、自らの経験を組織全体の財産として共有します。
まとめ:未来を拓く官民連携の担い手として
本研修資料を通じて、PPP、PFI、そしてPFSという官民連携手法の基礎知識から、法的根拠、多様な事業方式、そして東京都・特別区における先進的な事例まで、網羅的かつ体系的に学んでいただきました。これらの手法は、時に複雑で、導入には多大な労力を要するかもしれません。しかし、その先には、従来型の公共サービスでは実現し得なかった、大きな可能性が広がっています。
人口減少、インフラの老朽化、そして多様化・複雑化する住民ニーズといった、我々が直面する数々の行政課題に対し、行政だけのリソースで立ち向かうには限界があります。PPP/PFI/PFSは、これらの課題を乗り越えるための、単なる「手法」ではありません。それは、行政の役割を「全てを自ら行う提供者」から、「民間というパートナーの力を最大限に引き出し、社会全体の力で公共の価値を創造する触媒(カタリスト)」へと変革するための「哲学」です。
企画課の職員である皆様は、まさにその変革の最前線に立つ、区政の未来をデザインする重要な役割を担っています。本マニュアルで得た知識を武器に、固定観念にとらわれず、果敢に民間の扉を叩いてください。対話を通じて新たなアイデアを生み出し、緻密な計画と粘り強い交渉でそれを形にしてください。皆様一人ひとりの挑戦が、より質の高い公共サービスを区民に届け、持続可能で活力ある地域社会を築き、未来の世代へと誇れる特別区を創造する原動力となることを、心から信じています。皆様のこれからのご活躍を、大いに期待しています。