10 総務

【審査請求課】審査請求業務 完全マニュアル

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はじめに

※本記事はAIが生成したものを加工して掲載しています。
※生成AIの進化にあわせて作り直すため、ファクトチェックは今後行う予定です。

審査請求制度の根源的理解

 この章では、審査請求業務の「なぜ」を掘り下げます。日々の手続きに追われる中で忘れがちな、制度の根本的な意義、歴史的な背景、そして我々の業務を支える法体系の全体像を理解することで、一つ一つの業務に確固たる信念と自信を持つことを目指します。

業務の意義と目的:国民の権利利益の救済と行政の適正な運営

 行政不服審査制度は、単に行政の誤りを正すための手続きではありません。それは、行政庁による違法または不当な処分に対し、国民が「簡易迅速かつ公正な手続」を通じて不服を申し立てる権利を保障するための、民主主義国家における根幹的な制度です。この制度は、二つの大きな目的を達成するために存在します。

  • 国民の権利利益の救済: 第一の目的は、行政処分によって不利益を受けた国民一人ひとりの権利や利益を、具体的かつ実効的に救済することです。裁判所における訴訟は、時間も費用も要する厳格な手続きですが、本制度はそれよりも手軽で費用のかからない手続きを提供します。これにより、司法の救済を求めることが困難な事案であっても、国民が泣き寝入りすることなく、行政に対して堂々と異議を唱える道が開かれています。我々が扱う一件一件の審査請求は、その背後にいる住民の生活や権利に直結しているという重みを、常に認識しなければなりません。
  • 行政の適正な運営の確保: 第二の目的は、行政組織全体の質の向上と、法に基づく適正な運営を確保することです。審査請求は、処分庁にとって自らの判断を客観的に見直す機会となります。審理の過程を通じて、処分の根拠となった事実認定や法令解釈に誤りがなかったか、手続きは適正であったかを再検証することは、組織としての自己反省を促します。これにより、将来の同種の過ちを防ぎ、行政運営の信頼性と法適合性を高めるという、重要なフィードバック機能としての役割を果たしているのです。

 したがって、我々の業務は、単に一件の不服申し立てを処理するという事務的な作業に留まりません。それは、住民の行政に対する信頼を回復し、行政全体の健全性を維持するという、より大きな使命を担っているのです。

制度の歴史的変遷:訴願法から新行政不服審査法まで

 現在の行政不服審査制度を深く理解するためには、その歴史的変遷を知ることが不可欠です。制度は時代ごとの要請に応え、大きな変革を遂げてきました。

  • 前史:訴願法(明治23年): 日本における不服申立制度の源流は、明治憲法下の訴願法にまで遡ります。しかし、当時の制度は、国民の権利救済というよりも、上級行政庁が下級行政庁を監督するという行政内部の統制機能としての性格が強く、国民の視点から見れば、救済制度としては不十分なものでした。
  • 旧行政不服審査法(昭和37年): 第二次世界大戦後の日本国憲法下で、国民の権利救済を主たる目的として制定されたのが、旧行政不服審査法です。この法律は、特定の事項しか不服申立ての対象としない「列記主義」であった訴願法を改め、原則として全ての行政処分を対象とする「一般概括主義」を採用した点で、国民の権利保護を大きく前進させました。
  • 2014年改正・2016年施行の背景と新法の核心: 約半世紀の時を経て、2014年に抜本的な全部改正が行われ、2016年4月1日から新しい行政不服審査法が施行されました。この大改正の背景には、旧制度が抱えていた構造的な課題、特に「公正性」に対する国民の疑念がありました。旧法では、処分に関与した職員自身が審理を行うことも可能であり、中立性・公平性に問題があるとの厳しい指摘がなされていました。 この2016年の法改正は、単なる手続きのマイナーチェンジではありませんでした。それは、行政内部の自己是正プロセスという位置づけから、司法手続きに準じるような中立・公正な紛争解決プロセスへと、制度の性格を根本的に転換させるパラダイムシフトでした。旧法下では、処分庁やその上級庁が審理を行うため、どうしても「身内に甘い」判断がなされるのではないかという構造的な疑念が拭えませんでした。新法は、この構造そのものにメスを入れました。
    • 審理員制度の導入: 処分に一切関与していない職員が「審理員」として審理手続を主宰する仕組みが導入されました。これにより、審査請求人、処分庁、そして中立な審理員という三者が対峙する「三角構造」が確立され、審理プロセスの公正性が飛躍的に向上したのです。
    • 第三者機関(行政不服審査会)への諮問義務化: 裁決の客観性を担保するため、審査庁が最終判断を下す前に、外部の有識者で構成される行政不服審査会に諮問し、その意見(答申)を聴くことが原則として義務付けられました。
     この変革は、我々自治体職員に求められる能力を大きく変えました。単なる行政事務の知識だけでなく、法的な争点を整理する能力、証拠を評価する能力、そして何よりも中立・公正な立場を貫く高度な倫理観が、審理員はもちろん、審査庁の担当職員にも不可欠となったのです。我々はもはや単なる行政官ではなく、行政内部における「法の支配」を具現化する重要な役割を担っていると言えるでしょう。

行政不服審査法と関連法令の全体像

 審査請求事務を適正に行うためには、中核となる行政不服審査法だけでなく、関連する法令との関係性を体系的に理解しておく必要があります。

  • 中核となる法律:
    • 行政不服審査法: 不服申立制度全般にわたる基本原則、手続きの種類、審理の進め方、裁決の種類などを定めた一般法です。我々の業務の全ての基礎となります。
  • 関連する主要な法律:
    • 行政事件訴訟法: 審査請求に対する裁決に不服がある場合、審査請求人は裁判所に訴えを提起することができます。我々が行う裁決は、司法審査の対象となる最終的な行政判断であり、その判断過程と理由は、裁判所の検証に耐えうるものでなければならないことを常に意識する必要があります。
    • 行政手続法: 審査請求の対象となる「処分」が行われる「前」の段階、すなわち申請に対する応答や不利益処分を行う際の理由の提示といった手続きを定めています。処分の適法性を判断する上で、行政手続法に定められたプロセスが遵守されているかは、重要なチェックポイントとなります。
    • 地方自治法: 地方公共団体の組織や権限の根拠となる法律であり、処分庁や審査庁の権限の範囲を理解する上で基礎となります。
  • 個別法との関係: 行政不服審査法はあくまで一般法です。個別の分野に関する法律(例えば、生活保護法、情報公開条例など)に、不服申立てに関する「特別の定め」がある場合は、そちらが優先的に適用されます。具体的には、審査請求の前段階として処分庁自身に再考を促す「再調査の請求」や、審査請求の裁決後にさらに上級の機関に不服を申し立てる「再審査請求」などが、個別法で定められている場合があります。したがって、事案を取り扱う際には、必ず処分の根拠となる個別法を確認し、行政不服審査法の原則との関係を正確に整理することが極めて重要です。

審査請求手続きの標準業務フロー

 この章では、審査請求が提起されてから裁決に至るまでの一連の流れを、具体的な実務に即して段階的に解説します。各段階で求められる作業、法的要件、そして実務上の留意点を体系的に学び、正確かつ円滑な業務遂行能力を身につけます。

全体像の俯瞰:審査請求の受付から裁決までの流れ

 審査請求手続きは、複数の段階を経て進行します。この全体像を常に頭に入れておくことで、現在の作業がどの段階にあり、次に何をすべきかを明確に意識しながら、計画的に業務を進めることができます。

  1. 審査請求の受付・形式審査: 審査請求書の提出を受け、法定の要件を満たしているかを確認します。
  2. 審理員の指名: 審査庁が、事案の審理を担当する審理員を指名します。
  3. 審理手続: 審理員が中心となり、処分庁と審査請求人双方の主張を整理・聴取します(弁明書、反論書、口頭意見陳述など)。
  4. 審理員意見書の作成・提出: 審理員が審理結果をまとめ、裁決に関する意見書を作成し、審査庁に提出します。
  5. 行政不服審査会への諮問: 審査庁が、審理員意見書を基に第三者機関である審査会に意見を求めます。
  6. 裁決: 審査会からの答申を踏まえ、審査庁が最終的な判断(裁決)を下し、当事者に通知します。

 多くの自治体では、この一連の手続きに要すべき標準的な期間として「標準審理期間」を設定しています(例:福岡市で6~12か月)。これは法的な拘束力を持つものではありませんが、手続きの遅延は「簡易迅速な救済」という法の理念に反するため、常にこの期間を意識し、計画的な進行管理を心がけることが重要です。

第1段階:審査請求の受付と形式審査

 審査請求手続きの入り口であり、後の審理が円滑に進むかを左右する重要な段階です。

審査請求書の受付実務

  • 提出方法: 原則として、法定事項を記載した「審査請求書」という書面で提出される必要があります。提出方法は持参や郵送が一般的ですが、近年は住民の利便性向上のため、電子申請システムを利用したオンライン提出を可能とする自治体も増えています。口頭による審査請求が認められるのは、法律や条例に特別の定めがある極めて例外的な場合に限られます。
  • 受付日の記録: 審査請求が法定の期間内に提起されたかを判断する上で、受付日は決定的な意味を持ちます。そのため、受付印の押印、文書受付簿への記載、郵送の場合は消印日の記録など、提出された日付を客観的に証明できる形で記録を徹底しなければなりません。
  • 提出部数: 審査請求を受ける「審査庁」と、元の処分を行った「処分庁」が異なる場合(例:保健所長の処分に対し、市長が審査庁となる場合)、処分庁への送付分として、正副2通の提出を求めるのが一般的です。

記載事項の確認と補正命令

  • 法定記載事項のチェック: 行政不服審査法第19条に定められた事項が、審査請求書に漏れなく記載されているかを確認します。
    • 審査請求人の氏名又は名称及び住所又は居所
    • 審査請求に係る処分の内容
    • 審査請求に係る処分があったことを知った年月日
    • 審査請求の趣旨及び理由
    • 処分庁の教示の有無及びその内容
    • 審査請求の年月日
  • 不備がある場合: 記載漏れや内容が不明確な点がある場合は、そのまま審理を進めることはできません。相当の期間を定めて、審査請求人に不備の訂正を求める「補正命令」を発します。なお、この補正に要する期間は、標準審理期間の計算からは除外されます。

不適法な審査請求の却下

  • 却下裁決の対象: 審査請求が、法律の定める要件を満たしていない「不適法」なものである場合は、本案(処分の当否)の審理に入ることなく、手続きを終了させる「却下」の裁決を行います。具体的には、以下のようなケースが該当します。
    • 審査請求期間(原則として、処分があったことを知った日の翌日から起算して3か月以内)を経過して提出された場合。
    • 補正命令を発したにもかかわらず、審査請求人がこれに応じない場合。
    • 審査請求の対象とされている行政の行為が、法律上の「処分」に該当しない場合。
    • 審査請求を申し立てた者に、法律上の利益(審査請求人適格)がない場合。

第2段階:審理員の指名と審理の準備

 受付と形式審査を終え、適法な審査請求であることが確認されると、いよいよ本案審理の準備に入ります。その中心となるのが「審理員」の指名です。

審理員候補者名簿と指名手続

  • 審理員の役割: 審理員は、審査請求人と処分庁の間に立ち、中立・公正な立場で審理手続を主宰する、本制度の心臓部ともいえる重要な役割を担います。
  • 指名: 審査庁は、あらかじめ作成した「審理員候補者名簿」の中から、当該事案の審理を担当するのに最も適した職員を審理員として指名します。

利益相反の確認と忌避

  • 除斥事由の厳格な確認: 審理の公正性を確保するため、行政不服審査法第9条第2項は、審理員になれない者(除斥事由)を厳格に定めています。これは制度の信頼性の根幹をなす規定であり、指名にあたっては細心の注意を払わなければなりません。
    • 審査請求に係る処分又は不作為に関与した者
    • 審査請求人本人、その配偶者、四親等内の親族
    • 審査請求人の代理人
    • その他、事案の利害関係人
  • 実務上の留意点: 「処分に関与した」かどうかの判断は、単に決裁ラインにいたかといった形式的な所属だけでなく、処分の意思決定過程において助言を行うなど、実質的に関与していないかを慎重に確認する必要があります。少しでも疑義がある場合は、候補者から外すのが賢明です。

処分庁等への通知

  • 指名通知: 審理員を指名したら、審査庁は、遅滞なく審査請求人および処分庁に対し、誰が審理員に指名されたのかを通知します。
  • 弁明書提出の要求: 通知と併せて、審理員は処分庁に対し、相当の期間を定めて「弁明書」の提出を求めます。この要求をもって、当事者間の主張の応酬という、本格的な審理が開始されます。

第3段階:主張と証拠の整理(審理手続)

 審理員が主宰する、手続きの中核部分です。書面のやり取りや口頭での陳述を通じて、争点を明確にし、判断に必要な事実と証拠を収集します。

処分庁からの弁明書提出

  • 内容: 処分庁は、審理員から求められた期間内に、処分の内容とその理由を具体的に記載した「弁明書」を提出します。これは、審査請求人の主張に対する行政側からの公式な反論であり、処分の正当性を論理的に説明するものです。
  • 送付: 審理員は、処分庁から提出された弁明書を、審査請求人および参加人に送付し、反論の機会を与えます。

審査請求人による反論書・参加人による意見書提出

  • 反論の機会の保障: 審査請求人は、送付された弁明書の内容を精査し、それに対する反論を記載した「反論書」を提出することができます。これにより、争点に関する当事者間の主張の応酬が深まります。
  • 参加人の意見書: 審査請求に参加している利害関係人(参加人)も、自己の法律上の利益に関する「意見書」を提出することができます。

口頭意見陳述の実施と留意点

  • 申立てに基づく実施: 審査請求人または参加人から申立てがあった場合、審理員は、口頭で意見を述べる機会を与えなければなりません。これは書面審理を補完する重要な権利です。
  • 目的: 書面だけでは十分に伝わらない主張のニュアンスを直接伝えたり、審理員の許可を得て、処分庁の担当者に直接質問を発したりする機会を保障するものです。
  • 審理員の役割: 審理員は、口頭意見陳述の期日において、議事進行を管理する役割を担います。陳述が事件と無関係な事項に及んだり、不必要に冗長になったりする場合には、これを適切に制限することも職務の一つです。円滑な進行のためには、申立人に対し、事前に質問事項の要旨を提出してもらうなど、準備を促すことも有効です。

証拠書類等の提出と検証

  • 当事者による提出: 審査請求人、参加人、処分庁は、各自の主張を裏付ける証拠書類や証拠物を、いつでも審理員に提出することができます。
  • 審理員による職権での証拠収集: 審理員は、当事者から提出された資料だけでは事案の真相解明に不十分であると判断した場合、自らの判断(職権)で、証拠収集活動を行うことができます。具体的には、関係者が所持する書類の提出を求める「物件提出要求」、専門的な知見を持つ者に意見を求める「参考人陳述」、あるいは処分が行われた現場の状況などを直接確認する「検証」といった権限が与えられています。これにより、審理員は受動的に主張を待つだけでなく、積極的に事案の解明に努めることが求められます。

第4段階:審理の終結と審理員意見書の作成

 十分な主張と証拠が出揃い、争点が明確になった後、審理は終結し、その結果は「審理員意見書」としてまとめられます。

審理手続の終結宣言

  • 終結の判断: 審理員は、当事者の主張が尽くされ、必要な証拠調べも完了し、これ以上審理を継続しても新たな主張や証拠が提出される見込みがないと判断した時点で、審理手続の終結を宣言します。この宣言により、主張・証拠の提出は締め切られ、審理員は判断のまとめに入ります。

審理員意見書の構成と記載要点

  • 役割: 審理員意見書は、審理の経過と結果を客観的に整理し、審査請求に理由があるか否か(本案)についての審理員としての専門的・中立的な判断を示す、極めて重要な文書です。これは、後の審査会への諮問や審査庁の裁決の基礎となるものであり、その内容は論理的で明快でなければなりません。
  • 標準的な構成:
    1. 事案の概要: 処分の内容、審査請求の趣旨・理由の要旨などを簡潔に記載します。
    2. 関係法令の定め: 判断の基準となる法律や条例の条文を引用します。
    3. 争点: 当事者間で主張が対立している法律上・事実上の論点を整理・明示します。
    4. 争点に対する当事者双方の主張: 争点ごとに、審査請求人と処分庁の主張を対比する形で整理します。
    5. 審理員の判断: 本意見書の中核部分です。収集された証拠に基づき事実を認定し、その事実に法令を適用して、各争点について法的な評価を下します。なぜその結論に至ったのか、論理の飛躍がないよう丁寧に記述します。
    6. 結論: 上記の判断を踏まえ、本件審査請求が「認容(主張に理由あり)」「棄却(主張に理由なし)」「却下(不適法)」のいずれに相当するかについての意見を明記します。

審査庁への意見書提出

  • 提出: 審理員は、審理手続終結後、遅滞なく完成した審理員意見書と、審理の過程で収集した全ての資料(事件記録)を審査庁に提出します。これをもって、審理員としての職務は完了し、判断のバトンは審査庁へと渡されます。

裁決に向けた最終判断プロセス

 審理員から意見書を受け取った後、審査庁は最終的な意思決定である「裁決」に向けて、手続きの最終段階に入ります。ここでは、裁決の客観性・公正性を担保するための行政不服審査会への「諮問」と、最終的な判断内容を確定させる「裁決」の実務について詳述します。

行政不服審査会への諮問

 審理員という行政内部の第三者によるチェックに加え、さらに外部の有識者の視点から判断の妥当性を検証するのが、行政不服審査会への諮問プロセスです。

諮問の要否判断

  • 原則義務: 審査庁は、審理員意見書の提出を受けると、原則として、条例に基づき設置された行政不服審査会に諮問しなければなりません。これは、行政内部の論理だけで判断が完結することを防ぎ、裁決の客観性と公正性を高めるための、新法における重要な制度的保障です。
  • 諮問が不要な場合(法第43条第1項): ただし、全ての事案で諮問が必須というわけではありません。行政不服審査法第43条第1項各号に定められた例外事由に該当する場合は、諮問を省略することができます。主な例としては、審査請求が不適法であるとして「却下」する場合や、情報公開・個人情報保護審査会など、他の法令に基づく審議会等で既に第三者のチェックを受けている場合などが挙げられます。

諮問手続の具体的内容

  • 提出書類: 審査庁は、行政不服審査会に対し、事案の概要や諮問の趣旨を記載した「諮問書」とともに、審理員意見書や事件記録の写しなど、審議に必要な一切の資料を提出します。
  • 審査会の調査審議: 諮問を受けた審査会は、提出された書面を中心に調査審議を行います。審議は、委員間の自由な討議を確保し、またプライバシーに関わる情報を扱うため、原則として非公開とされています。ただし、当事者(審査請求人や処分庁)は、審査会に対して口頭で意見を述べることを申し立てることができますが、審理員の口頭意見陳述とは異なり、審査会が必要ないと判断した場合は実施されないこともあります。

審査会からの答申とその法的拘束力

  • 答申: 調査審議を終えた審査会は、その結論を「答申」として取りまとめ、審査庁に提出します。答申では、審理手続の適正性や、審理員意見書を踏まえた審査庁の判断案が妥当か否かについての見解が示されます。
  • 尊重義務: 審査庁は、この答申を「尊重」して裁決をしなければならないとされています。答申には法的な拘束力はありませんが、もし答申と異なる内容の裁決をする場合には、その理由を裁決書の中で明確に説明する責任を負います。そのため、答申は事実上、極めて重い意味を持つものとして扱われます。

裁決の種類と実務

 行政不服審査会からの答申を踏まえ、審査庁は審査請求に対する最終的な行政判断である「裁決」を行います。

却下裁決、棄却裁決、認容裁決

 裁決には、大きく分けて3つの種類があります。

  • 却下 (Dismissal on procedural grounds): 審査請求が、期間経過後に提出されたものである場合や、審査請求人適格を欠く場合など、法律の定める要件を満たしていない「不適法」なものである場合に、本案の内容に立ち入ることなく門前払いする裁決です。
  • 棄却 (Dismissal on the merits): 審査請求は適法なものとして受理されたものの、本案を審理した結果、処分庁の処分に違法または不当な点は認められないと判断する場合の裁決です。これは、審査請求人の主張を退ける判断となります。
  • 認容 (Upholding the complaint): 本案を審理した結果、審査請求人の主張に理由があり、元の処分が違法または不当であると判断する場合の裁決です。この場合、審査庁は、処分の全部または一部を取り消したり、処分内容を変更したりする判断を下します。

裁決書の作成:主文、理由の記載方法

  • 構成要素: 裁決書は、審査請求に対する審査庁の最終的な意思表示を公に示す公式な文書です。一般的に、主文、事案の概要、当事者の主張の要旨、判断(理由)、そして教示文から構成されます。
  • 主文: 裁決の結論を、誰が読んでも一義的に理解できるよう、簡潔かつ明確に示します。例えば、「本件審査請求を棄却する。」「審査請求人が令和○年○月○日付けで受けた○○処分を取り消す。」といった形になります。
  • 理由: なぜその主文(結論)に至ったのかを、論理的に説明する部分です。審理員意見書や審査会答申の内容を十分に踏まえつつ、それらを参照しながらも、あくまで審査庁自身の最終的な判断として、責任をもってその理由を記述する必要があります。事実認定と法解釈の過程を丁寧に示し、説得力のある内容にしなくてはなりません。

裁決の効力と教示

  • 効力発生: 裁決の効力は、裁決書の謄本が審査請求人に送達されたときに発生します。
  • 教示義務: 国民の裁判を受ける権利を保障するため、裁決書には、この裁決に不服がある場合に、いつまでに(出訴期間)、どこを相手取って(被告)、裁判所に訴訟を提起することができるかを具体的に記載(教示)しなければなりません。この教示を怠ったり、誤った内容を記載したりすると、裁決自体が取り消される原因にもなりうる、非常に重要な義務です。

法的根拠の体系的整理

 審査請求事務は、全て行政不服審査法をはじめとする法令に基づいて行われます。ここでは、業務の根幹となる主要な条文をピックアップし、その概要と実務上の意義を解説します。

主要法令の解説:行政不服審査法

 行政不服審査法は、我々の業務のバイブルです。特に以下の条文は、日々の実務において頻繁に関わるため、その趣旨を正確に理解しておく必要があります。

  • 第9条(審理員): 審理の公正性を担保するため、処分に関与していない職員等を審理員として指名すること、そして審理員になれない者の条件(除斥事由)を定めています。実務上、審理員の指名は手続きの第一歩であり、ここで公正性を欠く人選をしてしまうと、その後の手続き全体が瑕疵を帯びることになります。
  • 第29条~第42条(審理手続): 弁明書の提出、反論書の提出、口頭意見陳述、証拠書類の提出、検証など、審理員がどのように審理を進めるべきかという一連のルールを定めています。これらの条文は、当事者の主張・立証の機会を十分に保障するための手続き的な権利を定めたものであり、審理員はこれらの規定を遵守し、適正な手続きの進行に努めなければなりません。
  • 第43条(行政不服審査会等への諮問): 審理員意見書が提出された後、審査庁が原則として行政不服審査会等へ諮問しなければならないことを義務付けています。これは、行政内部の判断に外部の視点を取り入れることで、裁決の客観性・公正性を高めるための重要な規定です。
  • 第45条~第53条(裁決): 裁決の種類(却下、棄却、認容)や、裁決を行う際の方式、効力の発生時期などを定めています。特に、認容裁決の場合に審査庁がどのような措置をとれるか(処分の取消し、変更など)が定められており、国民の権利救済を実効的なものにするための具体的な手段を示しています。

【表】主要条文と実務上の意義

 以下に、特に重要な条文を抜粋し、その概要と実務上の意義を表形式で整理します。この表をデスクに置き、常に参照することで、法令に根ざした確実な業務遂行が可能となります。

条文番号・標題条文の概要実務上の意義
第9条(審理員)処分に関与しない職員等を審理員として指名する旨と、除斥事由を規定。【最重要】 指名前に候補者の経歴を必ず確認し、処分への関与や審査請求人との関係がないことを記録に残す。公正性の根幹であり、ここでの瑕疵は致命的となる。
第18条(審査請求期間)処分があったことを知った日の翌日から3か月以内、処分があった日の翌日から1年以内という、主観的・客観的審査請求期間を規定。受付時に、審査請求書記載の「処分があったことを知った年月日」と処分通知の送達記録等を照合し、期間内であるかを厳密に審査する。期間徒過は却下の対象となる。
第25条(執行停止)審査請求は処分の執行を妨げない原則と、重大な損害を避けるための執行停止の要件を規定。申立てがあった場合、損害の回復困難性等を具体的に検討し、意見書を速やかに作成する必要がある。公共の福祉とのバランスが問われる重要な判断。
第31条(口頭意見陳述)申立人が希望した場合、口頭で意見を述べる機会を与えなければならない旨を規定。申立ては原則として拒否できない。日程調整を速やかに行い、当日は議事進行役として、争点に関連する陳述・質問に絞るよう適切に進行管理する。
第43条(行政不服審査会等への諮問)審理員意見書提出後、原則として審査会等へ諮問しなければならない旨を規定。諮問省略の例外(法43条1項各号)に該当するかを厳密にチェックする。該当しない限り、諮問は必須の手続き。怠れば裁決が取り消される可能性がある。
第52条(裁決の方式)裁決は主文及び理由を付した裁決書により行うこと、裁決書には審査庁が記名押印しなければならないこと等を規定。裁決書は審査庁の最終判断を示す公文書。理由部分では、なぜその結論に至ったかを、事実認定と法解釈に基づき論理的に記述する。説得力のある理由が、行政の信頼性を担保する。

応用知識と特殊ケースへの対応

 審査請求事務においては、標準的なフローから外れた、特殊なケースや応用的な対応が求められる場面が多々あります。ここでは、そうした状況に的確に対応するための知識を深めます。

執行停止の申立てへの対応

 審査請求が提起されても、原則として処分の効力や執行は停止されません(執行不停止の原則)。しかし、処分の執行により「重大な損害」が生じるのを避けるため、緊急の必要がある場合には、審査請求人の申立てにより、または審査庁の職権で、処分の効力や執行を一時的に停止する「執行停止」を行うことができます。

  • 判断の要件:
    • 処分の執行により生ずる「重大な損害」の有無。金銭的な損害だけでなく、名誉や信用といった回復が困難な損害も含まれます。
    • 公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがないこと。
    • 本案(審査請求)について理由がないとみえるときでないこと。
  • 実務上の流れ:
    1. 審査請求人から執行停止申立書が提出される。
    2. 審理員は、速やかに処分庁等の意見を聴取する。
    3. 審理員は、執行停止をすべきか否かについての意見書を作成し、審査庁に提出する。
    4. 審査庁は、審理員の意見書を参考に、執行停止の決定または申立てを却下する決定を行う。
  • 留意点: 執行停止は、国民の権利利益を保全するための緊急的な措置です。申立てがあった場合は、他の業務に優先して迅速に処理する必要があります。

参加人制度の運用

 審査請求の結果について、審査請求人や処分庁以外の第三者であっても、法律上の利害関係を有する者が存在する場合があります。このような第三者の手続きへの関与を認めるのが「参加人」制度です。

  • 参加が認められる者: 審査請求に係る処分により、自己の権利や法律上保護された利益を害されるおそれのある利害関係人です。例えば、Aさんに対する建築許可処分について、隣家のBさんが日照権の侵害を理由に審査請求を行った場合、建築主であるAさんは利害関係人として手続きに参加することができます。
  • 参加の方法:
    • 利害関係人からの参加許可申立て: 利害関係人は、審理員に対し、審査請求への参加の許可を申し立てることができます。
    • 審理員による職権での参加要求: 審理員は、必要と認める場合、利害関係人に対して審査請求への参加を求めることができます。
  • 参加人の権利: 参加人は、審査請求人と同様に、意見書や証拠書類を提出したり、口頭意見陳述を申し立てたりすることができます。これにより、多角的な視点から事案を審理し、より妥当な結論を導くことが可能となります。

審査請求の取下げ

 審査請求人は、審査庁が裁決を行うまでの間であれば、いつでも審査請求を取り下げることができます。取下げが行われると、審査請求は初めからなかったものとみなされ、手続きは終了します。

  • 手続き: 取下げは、口頭ではなく、必ず書面(取下書)を提出して行わなければなりません。
  • 代理人による取下げの注意点: 代理人が審査請求を取り下げるには、単なる委任状だけでは不十分です。「審査請求の取下げ」に関する権限を個別に委任する旨が明記された「特別の委任」が必要となります。これは、取下げが審査請求人の権利を消滅させる重大な行為であるため、本人の明確な意思を確認するための重要な要件です。取下書が代理人から提出された場合は、委任状の内容を必ず確認してください。

ケーススタディ

 ここでは、地方自治体で頻繁に見られる審査請求の類型を例に、具体的な争点と判断のポイントを見ていきます。

ケース1:固定資産税評価額に関する不服

  • 事案の概要: 納税者A氏は、自己の所有する土地の固定資産税評価額が、近隣の類似した土地と比較して不当に高いとして、固定資産評価審査委員会に審査の申出を行ったが棄却されたため、市長に対し、賦課決定処分の取消しを求める審査請求を提起した。
  • 主な争点:
    • 評価の前提となる土地の現況認定(地目、形状、道路との接面状況など)は正確か。
    • 路線価の付設や、画地計算法(奥行、不整形などによる補正)の適用は適正か。
    • 前年度の審査請求や裁判で指摘された事項が、今年度の評価に適切に反映されているか。
  • 判断のポイント: 固定資産税の評価は、固定資産評価基準に基づき、専門的・技術的な判断が求められます。審理においては、処分庁(資産税課)がどのような根拠資料(航空写真、路線価図、評価調書など)に基づいて評価額を算定したのかを、具体的に明らかにさせることが重要です。その上で、審査請求人が主張する評価の誤り(例:「実際には角地ではないのに角地として評価されている」など)が、客観的な証拠によって裏付けられるかを検証します。評価の誤りが認められ、それが税額に影響を及ぼす場合は、処分の一部を取り消す(減額する)認容裁決となります。

ケース2:保育所入所不承諾処分に関する不服

  • 事案の概要: 保護者B氏は、C保育所の4月入所を申し込んだが、「利用調整基準に基づく点数が低く、定員を超過したため」との理由で不承諾となった。B氏は、点数計算に誤りがある、また、入所選考の過程が不透明で不公正であるとして、処分の取消しを求める審査請求を提起した。
  • 主な争点:
    • 利用調整基準(いわゆる点数表)の適用は正確か(就労状況、家族構成、兄弟姉妹の状況などの認定に誤りはないか)。
    • 同点者が複数いた場合の優先順位の付け方は、要綱等に基づいて適正に行われているか。
    • 不承諾の理由が、行政手続法に基づき具体的に示されているか。
    • そもそも、保育の必要性があるにもかかわらず入所できない状況は、児童福祉法等の趣旨に反しないか。
  • 判断のポイント: 保育所の入所選考は、限られた定員を、入所の必要性が高いと認められる児童から順に割り振る手続きです。審理においては、まず、処分庁がB氏世帯の状況をどのように認定し、利用調整基準のどの項目を適用して合計点数を算出したのか、その過程を詳細に明らかにさせます。その上で、B氏が主張する点数計算の誤り(例:「週5日勤務なのに週4日勤務として計算されている」など)が事実であれば、それは処分の違法・不当性を基礎づける有力な根拠となります。また、単に「定員超過のため」といった抽象的な理由しか示されていない場合、理由提示の義務違反として処分が取り消される可能性もあります。ただし、選考基準自体が適正に適用されている以上、希望する保育所に入所できないという結果自体をもって、直ちに処分が違法となるわけではない点も重要です。

先進事例と比較分析

 我々の業務品質を向上させるためには、自身の組織内だけでなく、他の自治体、特に先進的な取り組みを行っている団体の事例から学ぶことが極めて有効です。ここでは、日本の首都であり、多くの特別区を擁する東京都の事例を中心に、我々が参考にすべき動向を分析します。

東京都及び特別区(23区)の先進的取組

  • 外部専門家の積極的な登用: 審理の専門性と中立性をさらに高めるため、一部の区では、内部の職員ではなく、弁護士などの法律専門家を審理員として指名する取り組みが見られます。例えば、港区では弁護士資格を持つ者を審理員として指名しており、これにより、より複雑な法令解釈が求められる事案においても、質の高い審理を実現しています。これは、審理員制度の趣旨をさらに徹底させる先進的な試みとして注目に値します。
  • オンライン化の推進と住民の利便性向上: 東京都は、「シン・トセイ戦略」の一環として、行政手続全体のデジタル化を強力に推進しており、2024年3月末時点でデジタル化率は78.9%に達しています。この流れは審査請求手続きにも及んでおり、一部の区では、審査請求書の提出やその後の書類のやり取りをオンラインで行うことが可能になっています。これにより、住民は区役所の開庁時間や場所に縛られることなく、いつでも手続きを進めることができ、利便性が大幅に向上します。
  • 裁決・答申の積極的な公表と透明性の確保: 行政不服審査法は、行政不服審査会が行った答申の内容を公表することを義務付けています。多くの特別区では、この規定に基づき、ウェブサイト等で答申内容を積極的に公開しています。これにより、どのような事案でどのような判断が下されたのかが住民に明らかになり、行政運営の透明性が高まります。さらに、これらの公開された事例は、我々職員にとっても、類似事案を処理する際の貴重な参考資料となります。総務省が運営する「行政不服審査裁決・答申検索データベース」では、全国の裁決・答申を横断的に検索でき、知識の共有と判断基準の平準化に大きく貢献しています。

 これらの先進事例を分析すると、一つの重要な示唆が浮かび上がります。それは、制度の理念である「簡易迅速」と「公正」との間に存在する、実践的な緊張関係です。弁護士を審理員に登用したり、行政不服審査会での審議を尽くしたりといった公正性を高めるための取り組みは、必然的に手続きを慎重にし、時間を要します。福岡市が標準審理期間を6~12か月と設定しているのは、この複雑性の現実的な現れです。

 これは、制度の失敗を意味するものではありません。むしろ、安易な迅速性を追求するあまり、審理が形骸化することを避け、一件一件の事案に真摯に向き合うという、成熟した制度運用の証左と捉えるべきです。したがって、我々が目指すべきは、単なる処理期間の短縮ではなく、質の高い公正な判断を、可能な限り効率的なプロセス管理を通じて実現することです。審査請求課の業務評価指標は、スピードだけでなく、裁決の法的妥当性や説得力といった質的な側面も加味した、バランスの取れたものであるべきでしょう。

業務改革とDXの推進

 限られた人員と予算の中で、増大する行政需要に応え、かつ審査請求事務の質を維持・向上させていくためには、旧来の業務プロセスを見直し、デジタル技術を積極的に活用する業務改革(BPR)とデジタルトランスフォーメーション(DX)が不可欠です。

ICT活用による業務効率化

  • 事件管理システムの導入: 審査請求事件は、受付から裁決まで数か月から1年以上かかる長期的なプロセスです。この間、多数の書類(審査請求書、弁明書、反論書、証拠資料、審理員意見書、答申書など)が発生し、多くの期限管理(補正命令の期限、弁明書提出期限など)が必要となります。これらの情報をExcelや紙の台帳で個別に管理していると、進捗状況の把握が困難になり、期限の徒過や書類の紛失といった重大なミスにつながりかねません。 e-Gov電子申請システムのようなポータルや、総務省の裁決・答申データベースを参考に、各自治体においても、事件の受付から終結までの一連の情報を一元的に管理できる「事件管理システム」を導入することが望まれます。これにより、担当者だけでなく管理職もリアルタイムで全事件の進捗を把握でき、リスク管理と効率的な事件配分が可能となります。
  • RPA(Robotic Process Automation)の活用: 審査請求事務には、多くの定型的な繰り返し作業が含まれます。RPAは、こうした作業を自動化するのに適した技術です。
    • 具体的な活用例:
      • 受付処理の自動化: 電子申請された審査請求書の内容を、RPAが自動で事件管理システムに転記し、受付番号を付与する。
      • 通知書作成の自動化: 審理員の指名通知や弁明書提出依頼書など、定型的な通知文書の宛名や日付、事件名などをシステムから自動で抽出し、ドラフトを作成する。
      • 進捗管理のリマインド: 弁明書の提出期限が近づいている事件をシステムから抽出し、担当審理員に注意喚起のメールを自動で送信する。 他の自治体におけるデータ入力や通知作業の自動化事例を参考にすれば、審査請求事務においても、職員を単純作業から解放し、より専門的な判断や審理といったコア業務に集中させることが可能になります。

 ただし、DXの推進は諸刃の剣となる側面も持ち合わせています。オンライン申請の導入は住民の利便性を高めますが、電子署名が必要な場合や、代理人による申請は書面に限るといった制約があると、職員は紙とデジタルの二つのワークフローを並行して管理する必要が生じ、かえって業務が煩雑化するリスクがあります。また、口頭意見陳述のような当事者の重要な権利をオンラインで実施する場合には、なりすまし防止や通信の安定性確保など、対面とは異なる配慮が求められます。

 したがって、真のDXとは、単に既存の業務をデジタルツールに置き換えることではありません。それは、デジタル技術の活用を前提として、審査請求の受付から裁決に至るまでの全プロセスを再設計(リデザイン)することです。職員には、ツールの使い方を覚えるだけでなく、デジタル環境下でいかにして法の原則(公正性、透明性、当事者の権利保障)を遵守するかという、新たなリテラシーが求められるのです。

生成AIの活用可能性

 近年急速に発展する生成AIは、審査請求事務のあり方を根底から変えるポテンシャルを秘めています。単なる業務効率化に留まらない、より高度な活用が期待されます。

 現在、総務省が運営する「行政不服審査裁決・答申検索データベース」には、全国の膨大な裁決・答申事例が蓄積されています。しかし、現状ではキーワード検索が主であり、多忙な職員が類似の事案や参考とすべき判断を効率的に探し出すのは容易ではありません。この静的なデータベースを、生成AIの技術を用いて動的な「専門家アシスタント」へと進化させることが可能です。

 具体的には、このデータベースを学習させた審査請求事務特化型のAIモデルを構築します。審理員や審査庁の担当職員は、現在担当している事案の概要(争点、当事者の主張など)を自然言語で入力し、「この事案に類似する過去の裁決・答申を抽出し、その判断の要点をまとめて」と指示します。するとAIは、データベース内から関連性の高い事例を瞬時に探し出し、その法的論理や結論を簡潔に要約して提示します。

 この活用法は、単に挨拶文の作成や議事録の要約といった一般的なAI活用を超え、専門的な判断そのものを支援するものです。これにより、経験の浅い職員であっても、全国のベテラン職員が積み重ねてきた知見や判断の蓄積(集合知)に容易にアクセスできるようになります。結果として、個々の職員の能力に依存していた判断の質が底上げされ、組織全体として、より一貫性のある、質の高い裁決を安定的に下すことが可能となるでしょう。これは、AIを単なる効率化ツールとしてではなく、専門職の判断能力を拡張(オーグメント)するパートナーとして活用する、未来の行政事務の姿です。

  • その他の具体的な用途:
    • 審理員意見書・裁決書のドラフト作成支援: 争点と当事者の主張を入力し、過去の類似案件を参考に、論理的な構成案と文章の初稿を生成させる。これにより、ゼロから文書を作成する負担が大幅に軽減されます。
    • 口頭意見陳述の自動文字起こしと要約: 録音データから自動でテキストを生成し、発言の要点を抽出することで、議事録作成にかかる時間を劇的に削減できます。
    • 住民向けFAQチャットボットの高度化: 審査請求制度の概要や手続きの流れに関する住民からの問い合わせに対し、24時間365日、AIが自動で応答するチャットボットをウェブサイトに設置する。

実践的スキル:審査請求事務の品質向上

 審査請求事務の品質は、制度やツールだけで決まるものではありません。最終的には、その運用を担う組織と職員一人ひとりの意識とスキルにかかっています。ここでは、継続的な業務改善を実現するための実践的な手法として、PDCAサイクルを「組織レベル」と「個人レベル」に分けて解説します。

組織レベルでのPDCAサイクル

 審査請求を所管する課やチーム全体で、業務品質を継続的に向上させるための仕組みです。

  • Plan(計画):
    • 目標設定: 年度当初に、組織としての具体的な目標を設定します。例えば、「標準審理期間の遵守率を90%以上にする」「裁決の取消訴訟における敗訴率をX%以下に抑える」「職員向け研修を年2回実施する」など、定量的・定性的な目標を明確にします。
    • 課題分析: 前年度の業務実績を分析し、課題を洗い出します。特定の種類の事案で審理が長期化する傾向はないか、手続き上のミスが頻発している工程はないかなどをデータに基づいて特定します。
    • 改善計画の策定: 特定された課題を解決するための具体的な行動計画を策定します。例えば、「審理長期化事案の原因分析と対策マニュアルの作成」「若手職員向けのOJT計画の見直し」「先進自治体へのヒアリング調査の実施」などです。
  • Do(実行):
    • 計画の実施: 策定した改善計画に基づき、マニュアルの作成、研修の実施、新たな業務フローの試行など、具体的なアクションを実行します。
    • 進捗の記録: 計画の進捗状況や、実施過程で発生した問題点などを定期的に記録・共有します。
  • Check(評価):
    • 目標達成度の測定: 年度末や半期ごとに、Planで設定した目標がどの程度達成できたかを、データに基づいて客観的に評価します。標準審理期間の遵守率や、職員アンケートによる研修の満足度などを測定します。
    • 成果と課題の分析: 計画通りに進んだ要因と、進まなかった要因を分析します。「作成したマニュアルが実用的で、手続きミスが実際に減少した」「研修内容は良かったが、多忙で参加できない職員が多かった」など、具体的な成果と新たな課題を明らかにします。
  • Action(改善):
    • 次期計画への反映: 評価結果を踏まえ、次期の改善計画を策定します。成功した取り組みは継続・発展させ、うまくいかなかった点については、その原因を取り除くための新たな対策を計画に盛り込みます。「マニュアルをさらに分かりやすく改訂する」「研修をオンライン形式に切り替え、参加しやすくする」など、改善のサイクルを回し続けます。

個人レベルでのPDCAサイクル

 担当者一人ひとりが、自身の担当する事件処理能力を高めるための自己管理手法です。

  • Plan(計画):
    • 審理計画の策定: 新たな事件を担当する際、まず最初に「審理計画」を立てます。事件記録を読み込み、想定される争点を整理し、弁明書提出期限、口頭意見陳述の想定時期、審理員意見書作成の目標時期など、裁決までの大まかなスケジュールとマイルストーンを設定します。
    • 自己学習計画: 事案の根拠法令が未習熟な分野であれば、関連法令や過去の裁決例を学習する時間を計画に組み込みます。
  • Do(実行):
    • 計画に基づく審理進行: 作成した審理計画に沿って、当事者への連絡、書面の授受、証拠の整理などを着実に実行します。計画から遅延が生じた場合は、その原因を記録します。
  • Check(評価):
    • 自己レビュー: 審理員意見書のドラフトが完成した段階で、一度立ち止まり、自己評価を行います。争点の抜け漏れはないか、事実認定は証拠に基づいているか、法令解釈に誤りはないかなどを、チェックリストなどを用いて客観的に振り返ります。
    • ピアレビュー: 可能であれば、同僚や上司にドラフトを読んでもらい、第三者の視点からフィードバックを受けます。自分では気づかなかった論理の矛盾や、より説得力のある表現についてのアドバイスは、スキルアップに非常に有効です。
  • Action(改善):
    • 知識・スキルの特定: 一連の事件処理を通じて、自身の弱点や改善すべき点を特定します。「口頭意見陳述での質問の仕方がうまくいかなかった」「特定の法律に関する知識が不足していた」など、具体的な課題を認識します。
    • 次の事件への反映: 特定した課題を克服するため、次の事件を担当する際には、その点を特に意識して審理計画を立てます。また、必要な研修に参加したり、専門書を読んだりするなど、具体的な自己研鑽に繋げます。

まとめ:未来を担う地方自治体職員へのエール

 本研修資料を通じて、審査請求手続きの意義、法的な枠組み、具体的な業務フロー、そして未来に向けた発展可能性まで、多岐にわたる知識を学んでいただきました。

 審査請求事務は、時に地道で、複雑な事実関係と法令解釈が絡み合う、骨の折れる仕事です。しかし、この業務は、単なる事務処理ではありません。それは、行政という強大な権力と、一人の住民との間に立ち、公正な手続きを通じて正義を実現するという、極めて崇高な使命を帯びています。我々が下す一つ一つの判断が、住民の権利を救済し、行政への信頼を築き、ひいては「法の支配」という民主主義社会の根幹を支えているのです。

 2016年の法改正は、我々に「行政官」であると同時に、準司法的な役割を担う「審理者」であることを求めました。これは大きな挑戦ですが、同時に、我々の専門性と存在価値を社会に示す絶好の機会でもあります。

 時代の変化とともに、デジタル技術やAIといった新たなツールが、我々の業務を支援してくれるようになるでしょう。しかし、どんなに技術が進歩しても、最終的な判断を下すのは、法律と良心に従う、生身の人間である我々です。一つ一つの事案に真摯に向き合い、当事者の主張に真剣に耳を傾け、証拠に基づいて公正な判断を導き出す。その誠実な姿勢こそが、この制度の魂です。

 本資料が、皆さんの日々の業務における羅針盤となり、困難な事案に直面した際の支えとなることを心から願っています。皆さんが、誇りと自信を持ってこの重要な職務を全うされ、住民から信頼される、未来の地方自治を担う中核的な存在として輝かれることを期待して、本研修を締めくくります。

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