【DX推進課】全庁的なDX推進業務 完全マニュアル

はじめに
※本記事はAIが生成したものを加工して掲載しています。
※生成AIの進化にあわせて作り直すため、ファクトチェックは今後行う予定です。
DX推進の意義と基本原則
なぜ今、自治体にDXが必要なのか
今日の地方自治体は、かつてない構造的な課題に直面しています。急速な人口減少は、税収の減少と行政を担う職員数の減少という二重の圧力をもたらしています。一方で、住民ニーズは多様化・複雑化の一途をたどり、従来通りの行政サービスでは対応が困難になりつつあります。この状況に拍車をかけたのが、新型コロナウイルス感染症の拡大でした。対面・紙ベースを前提とした業務プロセスのもろさが露呈し、非接触・非対面サービスの提供が喫緊の課題として浮かび上がりました。
こうした背景から、国は自治体DXの推進を強力に打ち出しています。その目的は、デジタル技術やデータを活用して住民の利便性を向上させると同時に、業務効率化によって生まれた人的資源を、より付加価値の高い、人にしかできないサービスへと再配分することにあります。つまり、自治体DXは単なるITツールの導入や業務改善に留まるものではありません。それは、限られた資源で質の高い行政サービスを持続的に提供していくための、自治体という組織そのものの生存戦略であり、持続可能性をかけた根幹的な取り組みなのです。
DXの本質:「変革」としてのデジタル活用
DX(デジタル・トランスフォーメーション)の本質を理解するためには、「デジタル化(Digitalization)」との違いを明確に区別する必要があります。単なるデジタル化が、既存のアナログな業務(例:紙の申請書)を電子的な手段(例:PDFフォーム)に置き換えることであるのに対し、DXはデジタル技術を前提として、業務プロセス、組織、制度、そして組織文化そのものを根本から「変革(Transformation)」し、新たな価値を創造することを目指します。
総務省はDXを「ICTの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」と定義しています。自治体におけるDXの最終目標は、システムの導入数やオンライン化率といった指標の達成ではありません。その先にある「誰もが幸せに暮らせる社会の実現」というビジョンこそが本質です。したがって、DXの成功を測る真の尺度は、導入したシステムの数ではなく、組織の文化やサービス提供モデルが、いかにして「住民起点(シチズン・セントリック)」で「データ駆動型(データ・ドリブン)」へと変革を遂げたか、その度合いによって測られるべきものなのです。
歴史的変遷:電子自治体からDXへ
地方自治体における情報技術の活用は、長い歴史を持っています。1960年代の一部自治体での汎用コンピュータ導入に始まり、2000年代には政府のIT戦略と歩調を合わせる形で「電子自治体」の構築が進められました。しかし、この時代の取り組みは、各自治体が個別にシステムを開発・導入した結果、部署ごとにシステムが乱立する「サイロ化」や、特定のベンダーに依存してしまう「ベンダー・ロックイン」といった課題を生み出しました。これらのシステムは相互の連携が難しく、維持管理コストも高止まりする要因となりました。
こうした過去の反省を踏まえ、2020年に総務省が策定した「自治体DX推進計画」は、新たな変革のフェーズの幕開けを告げるものでした。この計画は、十分な予算措置と共に、過去の個別最適化の弊害を乗り越えるための全体最適化を目指しています。特に、後述する「情報システムの標準化・共通化」という方針は、電子自治体時代に生じた非効率性と高コストという課題への直接的な処方箋です。現代のDX推進担当者は、最新技術の知識だけでなく、なぜ現在の戦略が採られているのか、その歴史的背景を理解することで、より本質的な変革を主導することができるのです。
DX推進の法的根拠と全体像
根拠法令の体系的理解
自治体DXの推進は、個々の自治体の任意な取り組みではなく、国が定めた強固な法的基盤の上に進められています。その中核をなすのが、2021年に施行された「デジタル社会形成基本法」です。この法律は、従来のIT基本法に代わるもので、デジタル社会の実現に向けた基本理念、国の基本方針、そして国・地方公共団体・事業者の責務を定めています。特に重要なのは、地方公共団体に対し、国の基本理念に則りつつも「その地方公共団体の区域の特性を生かした自主的な施策を策定し、及び実施する責務を有する」と規定している点です。これにより、各自治体は地域の実情に合わせたDX戦略を策定・実行する法的義務を負うことになりました。
この基本法と連動して、関連法規の整備も進められています。例えば、改正個人情報保護法は、これまで国、地方、民間でバラバラだった個人情報保護のルールを全国的に統一し、データ連携の基盤を整えました。また、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(マイナンバー法)は、マイナンバーカードをデジタル社会の基盤と位置づけ、その利活用を推進しています。これらの法制度は、これまでの自治体ごとの条例に基づく分散的なアプローチから、国の定めた標準的なルールに基づく中央集権的なモデルへと大きく舵を切るものです。この法的な枠組みの転換こそが、全国規模でのシステム標準化やデータ連携を可能にする技術的戦略の土台となっているのです。
国の推進計画と自治体の責務
自治体がDXを推進する上での具体的な行動計画を示したものが、総務省の「自治体DX推進計画」です。この計画は、自治体が取り組むべき「重点取組事項」を明確に定めており、事実上のマスタープランとして機能しています。計画は2026年3月までという明確な期間が設定されており、特に情報システムの標準化については、移行完了の目標年度が定められています。
DX推進課の職員は、これらの重点取組事項を正確に理解し、自らの自治体の取り組みが国の大きな方針と整合しているか常に確認する必要があります。
表1: 自治体DX推進計画における重点取組事項
取組事項 | 目的・目標 | 主なアクション |
自治体の情報システムの標準化・共通化 | 開発・運用コストの削減、データ連携の容易化、ベンダー・ロックインの解消、迅速な制度改正への対応。 | 国が示す標準仕様に準拠したクラウドベースのシステムへ、2025年度末までに移行を完了させる。 |
マイナンバーカードの普及促進 | 行政手続のオンライン化や本人確認の基盤として、カードの普及と利活用シーンの拡大を図る。 | コンビニ交付サービスの拡充、健康保険証との一体化(マイナ保険証)、公金受取口座の登録促進など。 |
行政手続のオンライン化 | 住民が市役所に来庁せずとも、24時間365日、スマートフォン等から手続を完結できる環境を整備する。 | 子育て・介護関係など、利用頻度の高い手続から優先的にオンライン化を進める。 |
AI・RPAの利用推進 | 定型的・反復的な事務作業を自動化し、職員の負担を軽減。生まれた時間を住民サービス向上に繋げる。 | RPAによるデータ入力作業の自動化、AI-OCRによる紙書類のデジタル化、AIチャットボットによる問い合わせ対応など。 |
テレワークの推進 | 働き方の多様化、生産性向上、災害時等の事業継続性(BCP)確保を実現する。 | Web会議システムやビジネスチャットツールの導入、ペーパーレス化、電子決裁システムの導入。 |
セキュリティ対策の徹底 | DX推進と表裏一体で増大するサイバー攻撃等のリスクから、住民の個人情報や行政システムを保護する。 | 国のガイドラインに基づき、セキュリティポリシーを常に見直し、多層的な防御策を講じる。 |
フロントヤード改革の推進 | 住民と行政の接点(窓口業務等)を抜本的に見直し、「書かない・待たない・行かない」窓口を実現する。 | 窓口支援システムの導入、キャッシュレス決済の導入、オンライン相談窓口の設置など。 |
デジタル原則とアナログ規制の見直し
DX推進における技術的な側面の裏側には、それを支える制度・ルールの改革という極めて重要な側面があります。国が定めた「デジタル原則」は、今後のあらゆる制度・規制はデジタルで完結することを前提に設計されるべき、という基本方針です。この原則に基づき、現在、国は4万項目以上にも及ぶ法令等を対象に、対面、書面、押印、目視といった「アナログ規制」を撤廃・見直す作業を進めています。
この動きは地方自治体も無関係ではありません。各自治体も、自らが定めた条例や規則の中に、DXの推進を阻害するアナログな規定が残っていないか、総点検を行う必要があります。例えば、最新のオンライン申請システムを導入しても、根拠条例に「申請書は書面で提出しなければならない」という一文が残っていれば、そのシステムは本来の価値を発揮できません。このように、技術的な変革は、法制度や業務ルールの変革と一体で進めなければ真の成果は得られないのです。DX推進課は、技術導入だけでなく、こうした制度的なボトルネックを特定し、法務担当課などと連携して解消していく役割も担っています。
DX推進の戦略策定と体制構築
DX推進の標準プロセス:4つのステップ
総務省が示す「自治体DX全体手順書」は、自治体がDXを体系的に進めるための標準的なプロセスを4つのステップで定義しています。この手順書は、未着手の団体がゼロから始めることを想定していますが、既に取り組んでいる団体も、自らの進捗に合わせて必要なステップから着手したり、既存の取り組みを再評価したりするために活用できます。
- ステップ0:認識共有・機運醸成
- DXはトップダウンだけでは進みません。首長や幹部職員から一般職員に至るまで、なぜDXが必要なのか、その目的とビジョンを共有し、全庁的な「自分ごと」として捉える意識(機運)を醸成することが全ての土台となります。このステップは一度きりのキックオフではなく、DX推進の全期間を通じて継続的に行われるべき活動です。
- ステップ1:全体方針の決定
- ステップ0で醸成された機運を具体的な形にするのが全体方針の策定です。自らの自治体がDXによってどのような姿を目指すのか(ビジョン)、そのためにどのような領域に重点的に取り組むのか(戦略)、そしていつまでに何を実現するのか(ロードマップ)を明確に文書化します。
- ステップ2:推進体制の整備
- 策定した方針を実行に移すための組織体制を構築します。これには、DXを統括する責任者(CIO:最高情報責任者など)の任命、専門的な知見でCIOを補佐する外部人材(CIO補佐官)の登用、そして実務を担う専門部署(DX推進課など)の設置が含まれます。
- ステップ3:DXの取組の実行
- 具体的なDX施策(プロジェクト)を計画(Plan)、実行(Do)、評価(Check)、改善(Act)のPDCAサイクルを回しながら推進します。計画通りに進んでいるか定期的に進捗を管理し、状況の変化に応じて柔軟に計画を見直していくことが重要です。
特に「ステップ0」が一時的なものではなく、継続的な活動と位置づけられている点は、DXが本質的に「チェンジマネジメント(変革管理)」であることを示唆しています。技術は導入できますが、変革を受け入れ、推進していく組織文化は、絶え間ないコミュニケーションと働きかけによって育まれるのです。
全庁的な推進体制の構築
DXを成功させるためには、強力な推進体制が不可欠です。その形は一つではありませんが、成功している自治体にはいくつかの共通点が見られます。まず、首長自らがDXの旗振り役となる強いリーダーシップが挙げられます。宮崎県都城市では市長がCDO(最高デジタル責任者)を兼任し、大分県では知事がCXO(最高変革責任者)としてトップダウンで改革を牽引しています。
一方で、現場の声を吸い上げるボトムアップの仕組みも同様に重要です。山形県舟形町では、係長級以下の若手職員によるワーキンググループを設置し、現場目線のアイデアを施策に反映させています。また、兵庫県神戸市のように、特定の部署だけでなく、複数の部局からメンバーが集まる横断的な「働き方改革推進チーム」を組織するアプローチも有効です。
これらの事例が示すのは、最適な推進体制とは、トップダウンの強力なビジョン提示、ボトムアップによる現場からのアイデア創出、そして部門横断の連携による実行力、という三つの要素をバランス良く組み合わせたハイブリッド型であるということです。DX推進課は、情報政策担当だけでなく、行政改革、人事、財政、法務といった管理部門と緊密に連携し、これら三つの流れを円滑に繋ぐハブとしての役割を果たすことが求められます。
デジタル人材の確保と育成
自治体DXにおける最大の障壁の一つが、専門的な知見を持つ「デジタル人材」の不足です。この課題に対応するため、多くの自治体では外部からの人材確保と、内部の職員育成という二つのアプローチを並行して進めています。
外部人材の確保においては、従来の常勤職員という枠にとらわれない柔軟な任用形態が鍵となります。民間企業との兼業を認める任期付職員や、特定の課題について助言を得る非常勤のDXアドバイザーなど、多様な形で民間の専門知識を組織に取り入れる動きが活発化しています。国も、こうした外部人材の任用経費を特別交付税で支援するなど、後押しを強化しています。
同時に、組織内部での人材育成も不可欠です。神奈川県横浜市では、採用試験に「デジタル職」という区分を新設し、初期段階から専門人材を確保しています。また、既存職員に対しては、データ分析やUXデザイン、プロジェクトマネジメントといった、従来の行政にはなかった新しいスキルセットを習得させるための研修プログラムの整備が急務です。ここで言う「デジタル人材」とは、単にプログラミングができるIT専門家だけを指すのではありません。デジタル技術を理解し、それを活用して業務改革やサービスデザインを主導できる人材を、あらゆる部署で育てていくという、より広範な視点が求められています。
特に、小規模な市町村では単独での人材確保・育成が困難なため、都道府県が広域的な支援を行うモデルも広がっています。熊本県や福島県では、県が確保した専門人材を管内の市町村に派遣する「プッシュ型支援」を実施し、地域全体のDXレベルの底上げを図っています。
具体的なDX施策の企画と実行
フロントヤード改革:「書かない・待たない・行かない」窓口へ
「フロントヤード改革」とは、住民と行政が直接触れ合う窓口サービスなどを抜本的に見直す取り組みです。その目標は、住民にとっての負担である「書く」「待つ」「行く」という行為を極限まで減らすことにあります。
「書かない窓口」は、その代表例です。これは、住民が申請書に手書きする代わりに、職員が聞き取りを行いながらシステムに直接入力し、住民は内容を確認して署名するだけで手続きが完了する仕組みです。北海道北見市では、この仕組みと関連手続きを一度に行える「ワンストップ窓口」を組み合わせることで、4人家族の転居届にかかる時間を従来の7分から2分半へと劇的に短縮しました。
「待たない窓口」の実現には、オンラインでの事前予約システムの導入や、手数料支払いのキャッシュレス化が有効です。これにより、窓口での滞在時間が短縮され、混雑が緩和されます。
そして究極の目標は「行かない窓口」、すなわち行政手続きのオンライン化です。住民がスマートフォンやPCを使い、24時間365日、自宅から様々な申請や届出を完結できる環境を整えることです。真のフロントヤード改革とは、単に申請フォームをウェブサイトに掲載することではありません。住民が「引っ越し」や「出産」といったライフイベントに直面した際に、複数の部署にまたがる手続きを一度の操作で完了できるような、サービスが統合されたシームレスな体験をデザインすることなのです。
バックオフィス改革:RPA・AI-OCRによる業務自動化
住民サービスの裏側を支える内部事務(バックオフィス)の効率化もDXの重要な柱です。ここで主役となるのが、RPA(Robotic Process Automation)とAI-OCRです。
RPAは、これまで職員が手作業で行っていたPC上の定型的な反復作業(データ入力、システム間の情報転記、定型レポートの作成など)を、ソフトウェアのロボットが代行する技術です。一方、AI-OCRは、AI技術を用いて紙の書類を高精度で読み取り、テキストデータに変換する技術です。この二つを組み合わせることで、紙の申請書をスキャンし、その内容を自動で業務システムに入力するといった一連の作業を人の手を介さずに実行できます。
導入効果は絶大です。新潟県長岡市では、全庁的なRPA導入により年間18,603時間もの業務時間を削減。愛媛県今治市では、税務関連業務だけで年間830時間の削減を達成しました。石川県かほく市では、AI-OCRの活用で乳幼児健診問診票の入力時間を64%短縮しています。
こうした改革を成功させる鍵は、IT部門主導ではなく、現場の職員を巻き込むことにあります。日々の業務の中で「これは単純作業で時間がかかる」と感じている職員自身が、自動化の対象となる業務の最も良い発見者です。DX推進課の役割は、全ての業務を自ら自動化することではなく、現場の職員が自らの業務を改善できるようなツールと知識を提供し、その活動を支援する「イネーブラー(実現支援者)」となることなのです。
情報システム改革:標準化・共通化とクラウド活用
自治体DXの中核をなす、最も大規模なプロジェクトが「情報システムの標準化・共通化」です。これは、住民記録、税、福祉、子育て支援など、全国の自治体が共通して行う20の基幹業務について、国が定めた標準仕様に準拠したシステムに、原則として2025年度末までに移行することを義務付けるものです。
この改革は、電子自治体時代から続く「各自治体が個別にシステムを開発・運用する」という慣行を根本から覆すものです。標準化されたシステムは、主にクラウドサービスとして提供され、自治体はこれを利用する形になります。これにより、以下のような多くのメリットが期待されます。
- コスト削減:
自治体ごとの独自開発が不要になり、共同利用によって開発・運用コストが大幅に削減されます。 - データ連携の容易化:
全国のシステム仕様が統一されるため、自治体間での情報連携がスムーズになります。 - 迅速な制度改正対応:
法改正などがあった場合、国とベンダーが協力して標準システムを一度改修すれば、全国の自治体に一斉に適用されます。 - ベンダー・ロックインの解消:
特定のベンダーに依存することなく、標準仕様に準拠した複数のサービスから選択・乗り換えが可能になります。
これは、日本の地方自治体のIT史上、最大規模のトップダウンによる改革と言えます。DX推進課にとっては、この巨大な移行プロジェクトを計画通りに完遂させることが、今後数年間の最重要ミッションの一つとなります。
働き方改革:テレワークと庁内コミュニケーションの革新
DXは、住民サービスだけでなく、職員自身の働き方をも変革します。その中心的な取り組みがテレワークの推進です。テレワークは、単に場所を選ばずに働けるというだけでなく、職員のワークライフバランス向上、多様な人材の活躍促進、そして災害時などの事業継続計画(BCP)の観点からも極めて重要です。
効果的なテレワークの実現には、Web会議システムやビジネスチャットツールといった技術的な基盤の整備が不可欠です。新潟県三条市では、全職員にチャットツールを導入し、特にリモートワーク環境下での円滑なコミュニケーションを実現しています。
しかし、技術の導入以上に大きな障壁となるのが、物理的な出勤を前提とした業務プロセスや組織文化です。その象徴が、紙の書類と押印による決裁プロセスです。この「ハンコ文化」を打破し、電子決裁システムへと移行することが、テレワークを本格的に定着させるための鍵となります。兵庫県神戸市では、部局横断の「働き方改革推進チーム」を設置し、こうした業務プロセスの見直しを組織的に進めています。DX推進課は、新しいツールを導入するだけでなく、信頼と自律性、そして成果に基づいた新しい働き方の哲学を庁内に浸透させるための旗振り役となる必要があります。
先進技術の活用と未来展望
生成AIの活用可能性とリスク管理
近年急速に注目を集める生成AIは、行政事務のあり方を大きく変える可能性を秘めています。文書案の作成、会議議事録の要約、広報文のアイデア出し、多言語への翻訳など、様々な場面での活用が期待されます。
しかし、その強力な能力と引き換えに、看過できないリスクも存在します。事実と異なる情報を生成する「ハルシネーション」、入力した情報が意図せず流出するリスク、既存の著作権を侵害してしまう可能性、そしてAIの学習データに起因する偏見(バイアス)などです。
これらのリスクを管理し、安全に活用するため、デジタル庁や多くの先進自治体(東京都千代田区、神奈川県など)は、詳細な利用ガイドラインを策定しています。これらのガイドラインに共通する核心的なルールは、「個人情報や機密情報は絶対に入力しないこと」、そして「AIの生成物は必ず人間がファクトチェック(事実確認)を行うこと」の二点です。生成AIはあくまで業務を補助する「優秀なアシスタント」であり、最終的な責任は常に利用する職員自身にあるという認識を徹底することが、責任ある活用の大前提となります。
表2: 生成AIの活用用途と留意点
推奨される活用用途 | ポイント・プロンプト例 | 禁止・注意事項 |
文書・文章の起案 | 役割(例:「経験豊富な広報担当者として」)や条件(文字数、文体など)を具体的に指示する。 | 個人情報、非公開情報を含む文書の作成依頼。生成物をファクトチェックせずにそのまま公開すること。 |
会議議事録の要約 | 音声データをテキスト化した後、要点を箇条書きでまとめるよう指示する。「決定事項と今後のタスクを明確に分けて」など。 | 発言者名や個人情報が含まれる音声データやテキストを、学習が許可されたサービスに入力すること。 |
アイデア出し(ブレインストーミング) | 「〇〇に関する新しいイベントのアイデアを10個、斬新な視点で提案して」のように、発想の制約を外すような指示が有効。 | 生成されたアイデアが、他者の権利(商標権など)を侵害していないか、必ず確認する。 |
翻訳・多言語対応 | 専門用語のリストを事前に与えることで、翻訳の精度を高めることができる。 | 固有名詞や微妙なニュアンスが重要な公式文書では、必ず専門家による最終確認を行う。 |
情報収集(たたき台として) | 最新情報や正確性が厳密に求められる情報の調査には不向き。あくまで関連キーワードや論点を洗い出すための「壁打ち相手」として利用する。 | 生成された情報を唯一の根拠として業務判断を行うこと。必ず一次情報源(公式サイト、法令など)で裏付けを取る。 |
データ利活用とEBPMの推進
DX時代において、データは石油にも匹敵する戦略的な資産です。自治体が保有する膨大なデータを分析し、政策立案や行政運営に活かす取り組みが「EBPM(Evidence-Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)」です。例えば、どの地域のどの年齢層に特定のサービスが届いていないかをデータで可視化することで、より効果的なアプローチを計画・実行できます。
データ利活用には二つの側面があります。一つは、自治体自身がEBPMによって行政の質を高めること。もう一つは、個人情報などを除いた行政データを「オープンデータ」として広く一般に公開し、民間企業や研究者、市民がそれを活用して新たなサービスやイノベーションを生み出すことを促進する側面です。
成熟したデータ駆動型の自治体は、単に既存のサービスをデータで最適化するだけではありません。データを活用して、これまで見過ごされてきた住民のニーズを発見し、市民や民間企業と協力して全く新しいサービスを共創していく「エコシステムの実現者」としての役割を担うようになります。DX推進課は、単なるデータ管理者から、地域全体の価値創造を 촉진する触媒へと進化していくことが期待されています。
デジタルデバイド対策:誰一人取り残さないために
行政サービスのデジタル化を推し進める一方で、その恩恵から取り残される人々を生み出してはなりません。特に、スマートフォンやPCの操作に不慣れな高齢者など、デジタル技術を十分に活用できない住民への配慮は、DX推進における極めて重要な責務です。この「情報格差」を「デジタルデバイド」と呼びます。
国の「デジタル田園都市国家構想」においても、「誰一人取り残されないための取組」は主要な柱の一つとして掲げられています。具体的な対策としては、公民館などでスマートフォン教室を開催し、デジタルリテラシーの向上を支援する取り組みが挙げられます。東京都港区では、スマートフォンを保有していない高齢者向けの講習会を実施しています。
しかし、デジタルデバイドは単に機器の有無や操作スキルの問題だけではありません。詐欺への不安、プライバシーへの懸念、あるいはデジタルサービスの価値を実感できないといった、心理的な障壁も大きく影響します。したがって、技術的な支援と並行して、対面での相談窓口や電話といった非デジタルなチャネルも維持し、住民が安心して利用できる選択肢を確保することが不可欠です。DXとは、全てをデジタルに置き換えることではなく、デジタルの利便性と、人にしかできない温かみのあるサポートを最適に組み合わせ、全ての住民に寄り添うことなのです。
先進事例に学ぶDX推進
東京都と特別区(23区)の先進的取組
日本の公共セクターにおけるイノベーションの最前線である東京都と特別区(23区)では、多様なアプローチによるDXが展開されています。これらの先進事例を比較分析することは、他の自治体が自らの戦略を考える上で極めて有益な示唆を与えてくれます。
例えば、世田谷区は「Re-Design SETAGAYA」を掲げ、まず職員の働き方改革という内部変革から着手しました。職員のマインドセットを変革することが、質の高い住民サービス提供の基盤になるという思想は、DXを文化変革として捉えるアプローチの好例です。一方、港区はAIを活用した納税催告の自動電話や多言語対応チャットボットなど、先端技術を具体的な業務効率化に直結させることで成果を上げています。
品川区は、緊急のお米支援事業において、短期間で申請から配布までを管理するシステムをアジャイル開発手法を用いて内製したことで注目されました。RPAやチャットボットを駆使し、12,000件の申請を効率的に処理したこの事例は、迅速な課題解決能力を示しています。また、町田市は、これまで各学校が担っていた教材費等の集金・管理業務を市の会計に一元化する「公会計化」を全国で初めて実現しました。これにより教員の負担を完全にゼロにし、保護者はLINE等で手続きを完結できる仕組みを構築。これは、特定の深刻な課題(教員の多忙化)に焦点を当て、DXで抜本的な解決を図った画期的な事例です。板橋区では、職員が自らBIツールを学び、区の予算データを可視化するダッシュボードを構築・公開するなど、職員のスキルアップと行政の透明性向上を両立させています。
これらの事例は、DXの戦略が一つではないことを示しています。組織文化の変革、先端技術による効率化、アジャイルな内製開発、特定課題の抜本的解決、職員のデータリテラシー向上など、各自治体が自らの強みや課題認識に応じて、最適な戦略を選択し、実行しているのです。
表3: 東京都・特別区のDX推進事例比較
区名 | 主な取組 | 戦略の核 | 他の自治体への示唆 |
世田谷区 | 「Re-Design SETAGAYA」構想に基づく職員の働き方改革 | 文化変革の先行: 住民サービス向上の土台として、まず職員のマインドセットと働き方を変革する。 | DXの成果を急ぐ前に、まず組織内部の意識改革と環境整備に注力することの重要性。 |
港区 | AIによる納税催告電話、多言語対応AIチャットボット | 先端技術の即時適用: AI等の最新技術を、納税や問い合わせ対応といった具体的な業務に直接適用し、効率化を図る。 | 費用対効果の高いAIソリューションを特定業務に導入することで、早期に成果を出すモデル。 |
品川区 | 緊急支援事業システムの迅速なアジャイル内製開発 | アジャイル・内製化: 外部委託に頼らず、職員が主体となり、変化に柔軟なアジャイル手法で迅速にシステムを構築する。 | 職員の技術力を育成し、緊急かつ小規模な課題に対して、迅速・柔軟に対応できる内製チームの価値。 |
町田市 | 学校教材費等の公会計化とオンライン手続きシステムの導入 | 課題解決特化: 「教員の負担軽減」という明確で深刻な課題に対し、DXを手段として抜本的な制度改革を行う。 | DXを技術導入としてではなく、長年の懸案事項を解決するための「切り札」として戦略的に活用する視点。 |
板橋区 | 職員による予算データの可視化ダッシュボード構築 | データ民主化: 専門家任せにせず、職員自らがデータを扱い、分析・可視化するスキルを身につけ、行政の透明性を高める。 | 全職員のデータリテラシー向上を目指す研修と、実践の場としてのオープンなデータ活用プロジェクトの有効性。 |
都道府県による市町村支援と広域連携
DX推進には専門的な人材や知見、そして予算が必要ですが、特に小規模な市町村ではこれらのリソースが不足しがちです。この課題に対応するため、都道府県がハブとなり、管内の市町村を支援する広域連携のモデルが全国で広がっています。
愛媛県では、知事と全市長町長による「県・市町DX協働宣言」のもと、「チーム愛媛」としてDXを推進。共同でのシステム調達や研修などを実施し、スケールメリットを活かしています。熊本県や福島県では、県が確保したICT専門家を市町村に直接派遣する「プッシュ型支援」を展開。市町村が抱える個別の課題に対し、ハンズオンで具体的な助言や技術支援を行っています。山口県では「デジタル・ガバメント構築連携会議」を設置し、県と市町が定期的に情報共有や戦略のすり合わせを行うことで、地域全体として足並みを揃えたDXを推進しています。
これらの取り組みは、都道府県と市町村の関係が、従来の上下関係から、共通の目標に向かう協働パートナーへと変化していることを示しています。都道府県が持つ規模の経済性や専門性を、地域の基礎自治体全体で共有する「地域内相互扶助」の形こそが、全国津々浦々でDXを成功させるための鍵となるでしょう。
DX推進を成功させる実践的スキル
組織レベルでのPDCAサイクル実践法
DX戦略は、一度策定したら終わりではありません。社会や技術の変化に対応し、継続的に改善していくための仕組み、すなわち組織的なPDCAサイクルが不可欠です。
- Plan(計画):
- DXの全体方針に基づき、具体的で測定可能な目標(KPI: 重要業績評価指標)を設定します。例えば、「〇〇手続きのオンライン申請率を1年で50%に向上させる」「RPA導入により、△△業務の処理時間を30%削減する」といった、誰が見ても達成度がわかる目標を立てます。
- Do(実行):
- 計画に沿って、個別のDXプロジェクト(新システムの導入、業務プロセスの見直しなど)を実行します。
- Check(評価):
- 定期的にKPIの進捗状況を測定し、目標と実績のギャップを分析します。ダッシュボードなどを活用して進捗を可視化し、関係者が集まる定例会議で「なぜ計画通りに進んでいるのか(成功要因)」「なぜ遅れているのか(課題)」を客観的なデータに基づいて議論します。
- Act(改善):
- 評価結果に基づき、戦略や計画を修正します。成功している取り組みは、他の部署へ横展開することを検討します。課題が見つかったプロジェクトは、その原因を深掘りし、改善策を講じるか、場合によっては計画の見直しや中止も判断します。この改善策が、次の「Plan」へと繋がっていきます。
このサイクルを組織的に回し続けるためには、評価の前提となるデータを正確に収集・分析できる基盤が不可欠です。組織的なPDCAの実践は、データ利活用の文化を組織に根付かせることと表裏一体なのです。
個人レベルでのPDCAサイクル実践法
組織全体の大きなPDCAサイクルを動かすエンジンは、職員一人ひとりが日々の業務の中で回す小さなPDCAサイクルです。
- Plan(計画):
- 組織目標と連動させ、自分自身の業務におけるDX関連の目標を立てます。例えば、「今月は担当業務の中から、RPA化できそうな単純作業を一つ見つけ出して提案する」「オンラインのデータ分析講座を修了する」といった、身近で具体的な計画です。
- Do(実行):
- 計画に沿って、新しいツールを積極的に使ってみたり、既存の業務のやり方を少し変えてみたり、DX研修に参加したりといった行動を起こします。
- Check(評価):
- 自分の行動の結果を振り返ります。「新しいツールを使ってみて、本当に時間は短縮できたか?」「研修で学んだことは、実際の業務でどう活かせそうか?」と自問自答します。
- Act(改善):
- 振り返りから得た気づきを、次の行動に活かします。「このやり方の方が効率的だったので、チームのメンバーにも共有しよう」「ツールのこの機能が分かりにくいので、改善要望を出してみよう」といった小さな改善の積み重ねです。
全ての職員が、このように自らの業務を主体的に改善していく当事者意識を持つこと。その小さなPDCAの集合体が、組織全体の大きな変革の原動力となります。
業務改革(BPR)の進め方と職員の巻き込み方
非効率な業務プロセスをそのままデジタル化しても、それは「より速く動く非効率なプロセス」が生まれるだけです。DXで真の成果を上げるには、技術を導入する前に、まず現在の業務プロセスそのものを見直す「BPR(Business Process Re-engineering:業務改革)」が不可欠です。
BPRを成功させる最大の秘訣は、その業務を実際に行っている現場の職員を改革の主役にすることです。外部のコンサルタントや本部職員がトップダウンで設計した新しいプロセスは、現場の実態と乖離していたり、職員からの心理的な抵抗に遭ったりすることが少なくありません。
効果的な進め方は、まず現場職員自身が、現在の業務フロー(As-Isモデル)を可視化し、その中の「ムダ・ムラ・ムリ」を洗い出すワークショップを開催することです。次に、それらの課題を解決した理想的な業務フロー(To-Beモデル)を、同じく現場職員が主体となってデザインします。DX推進課の役割は、BPRの手法(プロセスマッピングなど)を教え、議論を促進するファシリテーターとなることです。
職員が自ら課題を発見し、自ら解決策を考え、自ら新しいプロセスを設計する。このプロセスを通じて、職員は改革の「対象」から「主体」へと変わります。自分たちで考えた新しいやり方だからこそ、導入への納得感が生まれ、抵抗なく受け入れられるのです。この当事者意識の醸成こそが、BPRを成功に導き、持続的な改善文化を組織に根付かせる鍵となります。
おわりに:変革の担い手となる職員へのエール
全庁的なDX推進という業務は、最新の技術動向を追いかけ、複雑な法制度を理解し、組織内の様々な調整を行う、極めて専門性と忍耐力が問われる仕事です。時には、変化をためらう声に直面したり、前例のない課題に頭を悩ませたり、日々多くの困難に直面されていることでしょう。
しかし、皆様の日々の地道な努力、そして時に下される大胆な判断こそが、未来の自治体の姿を形作っています。皆様は、単に新しいシステムを導入しているのではありません。人口減少という大きな時代の変化の中で、住民サービスを守り、発展させ、次の世代へと引き継いでいくための、新しい行政の礎を築いているのです。
このマニュアルが、皆様の知識を深め、日々の業務に自信と誇りを持つ一助となれば幸いです。皆様一人ひとりが、単なるシステムの利用者ではなく、地域社会をより良くするための「変革の担い手」です。その重要な使命を胸に、これからも邁進されることを心から応援しています。